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在日外国人の地方参政権法案に反対する根拠

2000年03月13日(月)
新亜総研 鈴木 雅子



『政治家がバカだから……』

 自自公による在日外国人の地方参政権法案が審議されている。次の国会では成立する可能性がある。しかし私は、この自自公案に強く反対する。理由は簡単、無知な議員たちによる矛盾だらけの欠陥法案だからだ。もし、これが国会を通過した場合、全国で裁判が続出するだろう。しかも国連人権規約委員会から「さすがはサミット参加国唯一の人権後進国・日本のやることだ」とボロクソに言われ、確実に大恥をかく。

 ■国交のない国の人って誰のこと?

 この法案の一番大きな問題点は「国交のない国の人」には選挙権を与えないというものだ。国交のない国とはいえば北朝鮮であり、ついで無国籍者の存在も浮かび上がる。

 どうも、政治家だけでなくマスコミも勉強不足のためか、無知極まりない誤解がまかり通っている。それは在日朝鮮人=朝鮮総連=北朝鮮の国民という図式だ。これが「朝鮮人=北朝鮮の手先」というイメージを作り、日本国民の偏見と差別を招いている。

 日本の敗戦後、朝鮮半島出自の日本人(植民地政策)は「あんた達は昨日までは日本人だったけど、今日からとりあえず(当面という言葉を使っている)朝鮮人にします」とされ、それが今に至った現実を、政治家や官僚たちは都合よく忘れてしまっている。

 現在、在日外国人約100万人のうち60万人が在日コリアンだが、うち20万人ほどが「朝鮮人」のままだ。残りは韓国の発展や、海外渡航、留学、ビジネスなど、パスポート業務の便宜性から韓国籍を取得した在日韓国人。

 では、朝鮮人20万人のなかで、北朝鮮を信奉すると言われる総連シンパ(実は総連内部でも、ごくごく一部しかいないのだが)がどれほどいるだろうか。簡単な計算として、全国の朝鮮学校の生徒数が約1万人だから家族を含めて4万人とすれば、最低、これだけの総連系住民がいるものと一応は推測される。

 しかし、私は父兄などともざっくばらんな話をするのだが、子供を朝鮮学校に通わしているのは、単に言葉や文化を覚えさせたいという理由が多かった。国籍ではなく、民族としてのアイデンティティを身につけさせたいとの思いである。だから、在日韓国人の子供が朝鮮学校に通う例もけっこうある。

 朝鮮籍のホンさんは、子供のころに学校から金日成の写真を家に飾れと渡されたことがある。すると親は「こんなもの、捨てろ」とゴミ箱に放り込んだという。

「ただ単に韓国籍に切り替えるのが面倒くさかっただけなんですよ。自分は朝鮮半島出身だからこれでいいやと…。それで今日までそのままです」というのは黄さん。

「韓国も北朝鮮もイヤ。韓国は昔軍事国家だったし、片や社会主義でしょ。どっちかに属するのではなく単なる朝鮮人でいい」という洪さん。

 こうした人たちすべてを、自自公の政治家たちは北朝鮮のシンパと位置付けてしまった。しかも「オイラ北朝鮮なんか嫌いだからさ、アイツらには選挙権なんか与えたくないだよな〜」と素直に言えず、「国交のない国の人」というまどろっこしい言い方をしたもんだから、無国籍者もまた選挙権を得られない公算が強くなってしまった。

 無国籍者は確実に増えている。父親は日本人だけど認知してもらえず、しかも母親はオーバーステイ。人身売買で連れて来られた女性が例えタイ人だとしても、母親は旅券を業者に奪われて国籍証明が出来ない。あるいは捨てられた子供たち等など。

 ところで、南北の在日コリアンは歴史的経緯を鑑み、特別永住許可証を持っている。その殆どが日本生まれの2世、3世、4世などとなり、1世はもはや全体の5〜6%でしかない。日本の中の在日という新たなアイデンティティを身に付け、日本の一員として、あるいは日本で暮らす隣人として地域社会で生きている。

「差別がイヤなら帰化すればいい。日本は日本人の国だ。外国人にゴチャゴチャ言われたくない。日本がいやなら出ていけ」

 こういう考えの日本人が多い。実は、私もこれに近い考えをかつて持っていた。

「さっさと帰化してコリアンジャパニーズになるべきだ。選挙権どころか立候補して政治家になって、日本を中から改革すればいいじゃないか。なぜ国籍にこだわるのか?」

 しかし、数年前、自分の身の上にアメリカ移住という話が持ち上がったとき、私は日本人である自分というものを考えざるを得なかった。その時の候補地は、未だに日本人が1人も住んでいないというアメリカ中西部の町。

「日本というバックボーンを捨てて完全なアメリカ人になれるのか。日本との縁を100%切れるか」

 私には無理だった。国籍を取得したとして、背負った文化は日本のものである。完全なアメリカ人は決してなれない。アメリカに住み、日本と繋がって行き来してと、イイとこ取りをするのならいざ知らず、自分の根っこ、ルーツを捨てるのは容易ではない。

 ■国家論理も理解できないの?

「北朝鮮シンパの総連系なんかに選挙権はやらないよ〜」というのは与党の勝手。しかし、裁判の場ではアホな法案を作った当事者ではなく、日本政府自体が法案を正当化できるだけの答弁を行わなければならない。矛盾が無ければ良いが、今回の場合は、国家論理としての体をなさない恐れがある。

 それとともに、総連系でもなく民団系(韓国)系でもない在日コリアンが全国各地で訴訟を起こすことを想定しなくとも、国家としての体面にかかわる問題がまだある。それは朝鮮籍のコリアンに特別永住許可をすでに与えている点だ。韓国籍であっても、もともとは朝鮮籍。つまり、朝鮮籍という存在しない「国籍」を日本が認めている事実にかかわってくる。

 ご存知のように北朝鮮と日本は国交がない。国交がないということは、交流も人の行き来もない、というのが国家としての常識である。

「国交のない国の人間が、すでに日本に20万人も住んでいる」ことなどありえないはずなのに、日本政府が彼らを一律に北朝鮮と位置付けた時点で、世にも奇妙なパラドックスが出来上がる。

 このパズルを日本政府はどうやって説くのだろう。

 さらに言えば、北朝鮮との国交交渉再開が間違いなく始まるという瀬戸際にあって、これを北朝鮮にどう説明するかという問題も発生していまう。国交回復で北を国際政治の舞台に上げることでしか、あの国の住民をはじめ、日本人妻、帰国した在日同胞、拉致された人々を救う手立てがない以上、国家対国家として、互いの立場を尊重しての交渉に入らざるを得ない。

 その一方で、朝鮮人を北朝鮮の国民とみなした上での敵視政策。

 もう一つ大事なことがある。

 今回の選挙権付与法案は、最高裁の判決によるものだったが、自自公はすっかり忘れてしまっている。これはもう重度の痴呆症と言わざるを得ない。最高裁の判決を簡単に言うと「外国人も地域住民であり、地域と密接に結び付いた地方自治に参加できる」というものだった。

 ユーロだけでなくこの日本でさえも「国政は本国、地方は居住地で」という時代になってきた。海外に住む日本人の国政選挙参加が昨年やっと実現し、今年からとりあえずは比例区だけとはいえ、海外からの投票が可能となった。

 また、韓国では2002年をメドに、在韓外国人の地方参政権を認める方向で動いている。当然、韓国に住む日本人や華僑には地方参政権が付与されよう。ユーロの場合、域内人のみ対象としたものを、域外人にも認める方向で検討を始めた。

 このように「地方参政権は地域住民の権利」という人権意識が常識となってきた。しかし、自民党法案は流れに逆行して過去の蒸し返しという事態になりつつある。それは、地域住民の権利であるべきところに、国籍という、最高裁判決とは全く別のロジックを持ち出してしまったからだ。彼らはこの不整合を、いったいどう解決するつもりなのか。一日本人として非常に気にかかる。(すずき・まさこ)


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