国際商業1986年9月号

 通商摩擦の記事がプロ野球並みに日々の新聞紙上を賑わせ始めて久しい。半導体、自動車。工作機械など先端分野から鉄鋼、繊維といった10年以上も前に問題になった分野でもいまだに軋樫が続いている。円高と原油安のおかげで、国際競争力がないということで国の手厚い保護を受けた石油化学でさえ競争力を回復しつつある。明治以来、衰退してしまった産業はアルミ精錬と石炭ぐらいのもので、なぜこうも日本が強くなったのかわからない。欧米の強い批判にようやく重い腰を上げ、「内需主導の産業構造に転換する」と公約したものの、長い年月を経て築いてきた輸出主導型の国内産業構造は一夜にして変えられるものではない。
 自動車産業は年間500万台ある国内需要に対して一千数百万台を生産する能力を国内に持っている。つまり、作ったものの半分以下しか国内で売れず、あとの700~800万台を売るために、各メーカーは虎視耽々と海外市場を狙っている。米国への輸出が増えないとわかると。ありあまった力を中国に向ける。中国が外貨不足になると今度は欧州に集中豪雨的輸出を仕掛ける、といった具合。生産を調盤しようといった考えは全くなく、この間も生産力を強化してメーカー間の競争は激化する一方だ。こうした傾向は何も自動車産業に限ったわけでなく、電機、精密機械とあらゆる産業分野で展開されている。
 政府は輸出を抑制する一方で輸入品購買の奨励にも力を入れているが、各産業分野で生産力が国内で消費される分量を大幅に上回っているため、外国製品の輸入を許すスペースはほとんど残っていない。
 生産拠点を海外に、という議論も盛んだが、これまで生産していた工場の労働者を簡単にクビにするわけにはいかない。労働者ごと工場を海外に引っ越しさせるのはなおさら難しい。
 ないないづくしでは到底。欧米の不満を和らげることはできないが、昨年の対米黒字500億ドルの数字を分析してみると。邦貨計算(1ドル=160円)で約八兆円。日本の国民総生産約300兆円からみると3%足らずと大した金額に思えない。しかし、このところ欧米で盛んになっている企業買収でたとえると、米国の大手石油会社やコンピュータ会社の買収金額が100億ドル内外。つまり、ガルフオイル、ヒューズエアクラフト、ゼネラルフーズといった巨大企業が年間5社ずつ買える計算になり。10年も続ければ、世界のトップ企業はほとんど日本企業の軍門に下ってしまうことになる。こんなことを欧米が許すはずもなく危機感はわれわれが考える以上に強いはずだ。
 ただ。ここで忘れてはならないのは、膨大な貿易黒字は企業の収入として入ってくるのであって、政府が金持ちになったり、国民一人一人の年収が増えたということではない。さらに、企業の収入が増えることは必ずしも利益が増えることには直接つながらない。もちろん増収による増益効果はあるが、半導体のように生産が増えるほど、一つ一つの製品の利幅が減るものも多い。ところが、日本の企業がこれまで指向してきたのは増収の一辺倒。企業の評価も「売上高がいくらある」というのがもっぱら。激しいシェア競争の中で利益優先といった考えはほとんど定着していない。
 世界的な低成長時代に日本だけが量を増やし、伸び悩む全体のパイを侵食してばかりいてはうまくいくはずがない。難しい時代だが、経営者は「もうかる経営」の基本に立ち戻る必要があり、営業の最前線も「売上げグラフ」ばかりに固執せず、利益の発送に転換を図る時期がきている。★