だいぶ昔のこと、本屋で坂田明『ミジンコ道楽』という本を手にして購入した。ジャズメンとしての坂田明について詳しくは知らないが、すこぶる面白かった。最近、そのミジンコを取り出して読んだ。仮死状態にあった僕の中のミジンコが生き返った。山に通うようになって6年、自然の生態をみつめながら、「ミジンコの先に宇宙が見える」という坂田の言葉がさらに重みをもって僕の中でくすぶり始めた。調べてみると坂田明は10年以上前、日本薬科大学で客員も務めるほどのミジンコ研究者だった。ジャズとミジンコとの間につながりなどはないと思われがちだが、ミジンコの映像をバックに演奏する姿を見ると、そこに一体感がある。坂田明はかつてタモリらとハナモゲラ語なる言語を生み出し、一世を風靡した。僕にとって坂田明のジャズソロはほとんど理解不能のステージだが、演奏家としてはモントリオール・ジャズ・フェスティバルに参加するなど欧米でも一定の評価を得ているらしい。

ミジンコは水に棲む生物のえさになる1ミリほどの小さな生き物。水の中のボウフラともいわれる。もちろん人間どもよりずっと前から存在している。アンデスの高地やモンゴルの草原、ヒマラヤの氷河の中でも生きている。ふだんはクローンをつくって増えるが、時々、オスが現れてオスとメスと交尾するというから驚きだ。どこでも生きられる。水がなくとも死ぬことはなく、水たまりですぐに繁殖する。その生命力に坂田明は感動する。そして坂田明はミジンコに愛を感じている。その愛に応えてくれないミジンコに不満を持つが、そこに奥深さを覚えて、ミジンコ道楽から離れることができない。そんなどうでもいい話こそが実におもしろいと思う。