このところ、米大統領選の話題が続いている。大統領選の結果次第で「暴動」が起きる可能性については多くのメディアが報道してきた。本来、暴動は政府に対抗して民衆が起こすものである。これに対して、今のアメリカでは共和党系の自警団と民主党系の自警団が衝突しかねないという事態であり、警察や軍は双方の衝突が起きないよう仲介に入る役割が求められるのだ。思い出したのは日本の暴力団の抗争事件である。民間の武装集団が戦う様相はまさに「ならず者」同士の抗争である。

思い出したのは南北戦争である。奴隷州と自由州の戦いだったとされるが、正規軍同士の戦いではなく、双方の自警団同士が戦った戦争ではなかったかと考えた。ここらがアメリカ合衆国の独自の発想である。そもそもアメリカ市民がイギリスの正規軍に対して立ち上がったのが「独立戦争」だった。革命はいつだって武装した市民が立ち上がったものだったが、アメリカの13州の人々の考えは「独立」を達成してからも「正規軍」に重きを置かなかった。

ニューヨーク市警やロサンゼルス市警は雇われた警察官で構成されるが、郡部ではいまだに人民から選挙で選ばれたシェリフが警察権を行使する。自警団に近い存在なのだ。警察だけではない。郡部の判事も検事も選挙で選ばれる場合が少なくない。

アメリカにはMilitia、民兵制度がある。米国は国民の武装する権利、政府・州に立ち向かう権利が憲法で保障された国で米国内にはいくつもの民兵組織がある。彼らは武装し戦闘訓練を行い、治安維持やメキシコ側の国境警備なんかも勝手にやっていたりするというのだ。民兵は、西部開拓時代を通じてインディアンとの闘いに明け暮れた結果、育まれた制度ではなかろうか。

この民兵を知らないかぎり本当のアメリカは見えてこない。

『アメリカを探る』(建国期アメリカの防衛思想、みすず書房)によると、、1776年のヴァージニア州憲法は次のごとく規定している。「軍事に訓練された人民の団体よりなる規律正しい民兵は、自由国家の適当なる、自然かつ安全なる護りである。平時における常備軍は、自由にとり危険なものとして忌避するべきものである」(権利の章典第一三条)。