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500系新幹線に生かされた野鳥の形態

1999年07月07日(水)
 仲津 英治


 私は日本野鳥の会に入会して十数年になります。岡山、東京、香川、福岡、大阪等各地で日本野鳥の会のベテラン指導員に教わりながら、バードウォッチングを楽しんでまいりました。

 1997年3月22日、JR西日本がメーカー等の協力を得ながら、開発してきた500系新幹線電車が営業に供されるようになりました。最高時速300キロ運転を行っており、これは世界最高例の一つです。この電車をもって新大阪−博多間を今までの「のぞみ」の2時間32分から2時間17分に短縮しました。1997年11月29日からは、東京に1日3往復乗れ入れました。

 私は1992年3月から1995年6月までWIN350の走行試験の責任を担っておりました。主たるテーマは、いかに速く走るということより、いかに静かに走るかということでした。そこで野鳥の飛翔、姿形から学んだことを披露します。

 ●フクロウの飛翔と低騒音新幹線電車

 高速走行の最大の課題は一に安全で次いで、鉄道事業者に取って世界一厳しい、日本の騒音環境基準をクリアーすることです。現代技術の発達のおかげで、速く走るということはそう難しいことではなくなり、いかに静かに走るかと言う課題の方が難しいのです。

 環境庁の要請値では、市街化地区で25メートル離れた地点で75ホン以下に騒音レベルを下げるように要求されています。街の交差点での騒音を見聞きしている方はご存じと思いますが、75ホンというのはかなり静かなレベルであり、信号が青に変わって車がいっせいに発進すると、交差点の騒音計は軽く80ホンを越えます。

 新幹線騒音の音源は、低速域では車輪とレールの動接触から発生する転動音が主体で、その音源の強さは、列車速度の2乗に比例します。ただし時速200キロを越える高速域になると、列車速度の6乗に比例する空力音が主体となります。

 電気車では空力音の発生源の中心は動力源である電気を架線から取る集電装置であるパンタグラフです。私たちは、角材が2本並んでいるような在来型パンタグラフでは低騒音化に限界があると考え、鳥の翼を参考に翼型パンタグラフの開発に着手しました。

 1990年5月、日本野鳥の会大阪支部の室内例会で矢島誠一先生から、初めてフクロウの仲間が鳥の中で一番静かに飛ぶと教わりました。ノネズミ等を捕らえるのに極めて静かに、飛びながら獲物に近づくために自然が与えた知恵なのです。

 フクロウ類の低騒音飛行の秘密の1つは翼の羽根にあり、初列風切羽の外縁部に普通の鳥にはない、小さなのこぎり歯のような羽毛が多数突き出ています。肉眼でも確認できるこの鋸歯状<ルビ:きょしじょう>の羽毛(英語でセレーションといいます)が、空気の流れに小さな渦(ヴォルテックス)を生じさせます。空力音は、空気の流れのなかにできる渦により発生する音です。

 この渦が大きいほど音は大きくなるようです。そこでごく小さなのこぎりの歯のような突起を多数翼につけると、大きな渦の代わりに小さな渦が発生します(ヴォルテックスジェネレーター)。すると空気抵抗も減り、空力音も小さくなりうるようです。小さな渦が大きな渦の発生を防ぐのです。これがフクロウ類の羽根の低騒音飛行の有力な理論的説明です。

 私たちは大阪天王寺動物園の紹介でフクロウの剥製をお借りして、風洞試験も行いました。途中なかなか思うように成果が出ず、一時、やはり時速300キロの新幹線には時速70キロ程度のフクロウは当てはまらないのかと、あきらめかけました。平行して翼型パンタグラフの開発で苦労したのは揚力の克服でした。翼は飛行機のごとく浮き上がるためにあります。

 ところがパンタグラフがあまり揚力を持ちすぎますと架線を押し上げすぎて、問題となります。この課題は矢島先生の紹介で一緒に開発に加わっていただいた、当時全日空整備ご勤務のの宮村元博先生の提案で、パンタグラフの舟体の翼を一部形状変更して、解決できました。そして世界で初めて翼型パンタグラフを試作し、時速320キロの試験走行に成功しました。

 この翼型パンタグラフは、普通の在来型パンタグラフより数段静かです。ところが、さらに翼型パンタグラフの支柱部から音が出ていることが風洞試験で確かめられました。その支柱部の低騒音化にフクロウ類のセレーションの原理が使われました。さらに一段の低騒音化に成功したのです。

 前述のヴォルテックスジェネレーターの断面形状、取り付け位置等の最適なものを、JR西日本の若い技術者が粉骨砕身各種実験を重ねて実現してくれました。JR西日本は、翼の形をした翼型パンタグラフをもって、時速300キロ域で十分環境基準を満たす新幹線電車の見通しを立てることができました。この事実をもって技術者の一人である私は「自然に学ぶ」という気持ちが大変強くなりました。

 ●カワセミの水中飛び込みと新幹線電車のトンネル突入

  山陽新幹線はトンネルが多いことでは世界一です。全線の半分はトンネルです。列車が高速で狭いトンネルに突入すると空気の圧力波が立ち上がり、これがだんだん成長して津波のように音速で伝わり、トンネル出口側で反射して帰ってきます。このトンネル出口で一部の圧力波が放出され、その際、パカーンと破裂音を出すことがあります。

 圧力は大気圧の0.1%以下のものなので、トンネル微気圧波と呼んでいます。原理図は図3に示す通りです。列車の断面積が大きいほど、トンネルの断面積が小さいほど、また列車速度が高速になればなるほど(速度の3乗に比例)、この圧力波はトンネル出口付近の方々に、音と振動でご迷惑を掛けることとなります。しかし、今さらトンネル断面積は変えられません。

 まず地上のトンネル入り口側に緩衝工(かんしょうこう)と呼ばれる圧力波緩和装置を設けて対策を打ち、成果を上げてきました。ただこの緩衝坑は夜間工事等のために大変な工事費がかかります。勢い車両側に対策が求められました。

 車両の断面積を減らすことと、先頭形状を出来るだけ、鋭く、滑らかにすることにより、この微気圧波問題をかなり克服できます。500系電車の前の試験電車のWIN350は先頭車両の断面の変化している部分の長さが10メートルもあります。一車両の長さは25メートルですから、四割近くが変化部分です。これでもトンネル微気圧波が問題となりました。

 私はこの課題を克服するべく、関係者と検討を重ねている過程で、自然界にも同様のものがあるはずと思い巡らしているうちに「カワセミ」のことが頭に浮かびました。列車のトンネル突入と同様、急激な抵抗の変化を経験している生き物、そうカワセミなのです。

 小さい流体抵抗の空中から、大きい流体抵抗の水中へ、捕食のため、飛び込む姿。結局時速300キロの営業用電車の先頭形状はカワセミなみにしなければならないのかなと思い関係者にも伝え、平行してスーパーコンピューターを使って徹底的なトンネル走行シミュレーションも行なわれました。結果、我がニュー新幹線電車500系の先頭車の変化部分は長さ15メートルにもなります。

 カワセミにそっくりとなって来たのです。スーパーコンピューターによる長時間の解析の結果の答えが、自然界のカワセミのくちばしから頭部にかけての姿に近似してきたと言えるでしょう。

 カワセミの嘴(くちばし)と頭部の形状はやはり、鋭い流線形です。鉄道総合技術研究所、九州大学の研究から、理論的にも実験的にもトンネル微気圧波の緩和策として、先頭形状には断面積の変化率が一定である、回転放物面体あるいはくさび形がベストであることが確かめられました。

 カワセミの嘴は、よく観察すると上嘴と下嘴がそれぞれ、三角形に近い断面をしており、合わせるとひし形に近い形をしています。断面積の変化率はほぼ一定でしょう。

 そして新型の500系新幹線電車は、トンネル微気圧波のみならず、対抗列車と自らに対しても圧力変化による影響も問題なく、毎日走っています。

 ●生命体の持つ形状、機能の意味 -自然を大切に
 野鳥だけでなく、自然界の生き物は人間も含め、生きんがためにまた命を伝えんがために、その形状、機能を発達させて来ています。フクロウとカワセミはその中でも私にとって貴重な情報源となりました。自然の中に答えがありうる、あるいはヒントがある、とつくづく思うようになりました。

 若い技術者にも自然をもっと観察するように促しました。一般の方々にも機会があるたびにこの事を伝えています。「一木一草、一鳥一魚、皆我々の輝ける永遠の教師であろう」。『飛行機設計論』の中にある著者の山名正夫、中口博両先生の言葉です。まさに名言と思います。

 そしてさらに私は、自然を大切にしなければいけない、地球上で一人勝ちの人類は、自然環境のためにもっと謙虚に生きる必要がある、という信念を持つに至りました。「地球に謙虚に」という姿勢・心掛けが、新幹線の走行試験から得た筆者の生活信条となったのです。(なかつ・えいじ)

 仲津さんは、1995年6月までJR西日本技術開発推進部試験実施部勤務、現在、JR西日本情報システム株式会社の社長さんです。メールはnakatu_e@mve.biglobe.ne.jp

 この文章は日本機械学会誌の学生向け情報誌である「メカライフ」1995・12月号に記載されたものを加筆訂正したものです。

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