曲がり角にきたアメリカの航空自由化1999年06月01日(火)共同通信記者 大辻一晃
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アメリカに住んで1年近くになるが、日本で聞いていたのと最も落差が大きいのが、アメリカの航空事情だ。 「規制緩和の優等生」「自由競争で活性化」−−1978年に始まったアメリカの航空自由化について、日本では肯定的な受け止め方が多く、「アメリカに比べ日本の航空会社はなってない」という論調も多い。 しかし、実際にアメリカの航空会社を利用してみると、理想とはほど遠い姿に愕然とさせられる。むしろ、航空自由化は「市場の失敗」ではないか、と思えてくる。 日本の航空政策への影響も大きいアメリカの事情を紹介する。
●ワシントン−シカゴが1000ドル以上 ワシントン圏には、市街地からタクシーで10分程度のところに主に近距離線の「ロナルド・レーガン・ナショナル空港」、専用ハイウエーを抜けて1時間弱の「ダレス国際空港」の2つの空港がある。鉄道が日本ほど発達していないアメリカでは、ワシントンから国内各都市や外国に行く場合、どちらかの空港を使うのが一般的である。 ワシントンは人の往来が極めて活発であるため、ワシントン発着の航空便は満席状態であることが多く、2つの空港とも常に混雑を極めている。 「需要と供給」の関係で言えば、供給に比べ、需要が圧倒的に多い状況である。となると、何が起きるか。 答えは「価格上昇」である。 東京−大阪に相当するワシントン−ニューヨークのシャトル便は、正規料金で乗ると400ドル以上する。土曜日を挟む日程で3週間前に買うと150ドルぐらいまで割り引かれるが、この区間を利用するのは主にビジネス客だ。仕事の予定がこんなに早くから立つことはないし、経路変更の可能性も考えなくてはならない。それに、週末を出張先で過ごすことも少ない。 私は仕事、プライベートを含め、毎月のようにニューヨークに行くが、たいてい正規料金か、それに近い金額を取られている。東京−大阪は確か、正規料金でも3万5000円ぐらいで往復できるはずだ。2万円前後の割引料金もあったかと思う。1ドル=120円とすると、アメリカは日本に比べ3−4割高い感じだ。 ワシントン−シカゴはもっとひどい。飛行時間2時間と東京−福岡程度のフライトなのに、正規料金は1800ドル。一週間前に買っても1000ドル強する。3週間前に行き帰りの日程をフィックスして初めて、350−400ドルまで下がる。 実は、ワシントンから鉄道で1時間のところにもう一つ、ボルチモア・ワシントン国際空港(BWI)という比較的新しい空港がある。地理的に便利が悪いため不人気な空港だったが、最近は航空会社から取る空港利用料金を引き下げ、中小航空会社を誘致して「低料金空港」という特徴を打ち出し、そこそこ人気が上がってきている。 ここからシカゴまで、何と250ドル程度で行ける。逆に言うと、航空会社はコスト的には250ドルでも元が取れる、ということだ。いくらナショナル空港の利用料金が高いと言っても、1000ドルもかかるはずがない。航空会社は恐らくボロもうけだろう。 しかし、仕事でBWIを使うのは難しい。鉄道の本数が少ない上、時刻表があてにならず、相当早い時間に出なければならない。また、BWIのフライトは出発時間が朝早く、到着が深夜になることが多い。節約は疲れる。ただでさえパソコンなど手荷物を抱えたいへんな出張では、ついついBWIを敬遠しがちだ。 西海岸も同様に高く、ワシントン−サンフランシスコは2000ドル以上する。どういうわけか、ワシントン−ロサンゼルスは500ドル前後の割引券が比較的潤沢に出回っていて、割と直前でも買える。ただし、時間や経路の変更はきかない。
●独占で価格釣り上げ 一見、もっともらしいが、航空サービスは「ふつうの商品」ではない。なぜなら、空港という設備の収容能力に限界があり、いくらでも供給できるわけではないからだ。需要が増えても、それに見合う供給増には限界があり、過小供給となってしまう。 ワシントンの場合、ナショナル空港で発着枠を確保できれば、その時点で「競争の勝者」となれる。いくら高い料金を設定しても、ライバルが参入してくる心配はない。 航空運賃の不公正な実態にメスを入れようと、米司法省は先日、アメリカン航空を独占禁止法違反で提訴した。アメリカンは、拠点空港のダラス・フォートワースで、低料金で新規参入してきた中小航空業者を締め出すため、これらの業者を狙い撃ちする形で増便、価格引き下げなどを仕掛けた。 日本でも大手航空会社が新規参入組のスカイマークなどに対抗し、競合路線の運賃を大幅に下げて締め出しを図っていると聞くが、アメリカンはその「先駆者」だったようだ。日本の場合、中小業者が締め出されるかどうかの瀬戸際だが、アメリカではこうした競争の結果、中小業者の多くが既に主要空港から締め出された。例えばダラス・フォートワースの場合、アメリカンが旅客便の70%以上を占有してしまった。 その次に、どう出たか。 ライバルを追い出した後、アメリカンは料金を元の高値に戻した。空港の発着枠を独占できたのだから、もう低料金の新規業者に脅かされる心配はない。安心して客から搾り取れるわけで、司法省はこうした行為に独禁法違反の疑いをかけた。 今、アメリカの国内航空業界は大手による寡占体制がほぼ出来上がり、国際的な「寡占」作りが次の課題となっている。国内でしこたま儲け、これを原資に国際線で値下げ競争を仕掛け、外国競争会社をぶっつぶすか、傘下におさめてしまう構想だ。 ユナイテッド航空(UA)、ルフトハンザを中心とする「スターアライアンス」に全日空が組み込まれ、アメリカン航空、エールフランス連合に日本航空が取り込まれつつあるのは、その流れだ。 ワシントン−シカゴが割り引きでも1000ドルもするのに、ワシントン−東京は6月なら600ドルで買える。経路変更はきかないし、日時もフィックスだが、出発の直前まで買える。UAのシカゴ経由ワシントン−東京便を割り引きで買い、シカゴで降りる。シカゴ−東京は捨てて、そのままシカゴからワシントンに帰ってくる。この方が、ワシントン−シカゴを買うより安い、という、とんでもない矛盾が現実にある。 「需要と供給の関係で価格を決める」ことが「自由化」であるとすれば、航空業界に「自由化」はなじまない。 やがて国際線の寡占体制が構築されれば、ワシントン−東京も値上げされてしまうのは間違いない。JALやANAには、がんばってもらわねばならない。
●劣悪なサービス 昨年末、ニューオーリンズに旅行に出掛けようとしたら、あいにく前夜からの大雪で空港がふさがれた。ほとんどの便が遅延またはキャンセル。 天気が悪いのは仕方がないが、ここからが最悪。午前9時半の便に乗るため、ナショナル空港のカウンターに8時半から並んだが、列が進まない。9時すぎ、不安になってボードを見ると、出発時刻が昼の12時半に変更されている。さすがに3時間もあれば余裕だな、と思ったが、甘かった。 昼前、客の行列をよそに、カウンター内の航空会社職員が次々と昼食に出る。残っている職員も、動作は緩慢だ。日本なら係員が列のところに来て、トランシーバー片手に頭を下げながら案内するところだろうが、客がイライラしても職員は動じない。 チェックインできたのは12時20分。急いで搭乗口に向かったが、今度はセキュリティーでまた行列。ようやくゲートに着くと、そこでまた「席決め」の行列。何だか様子が変なので係員に聞くと、「おまえの飛行機はたった今、飛んでいった」。 航空会社と空港の都合でチェックインが遅れたのに、飛行機はしっかり定刻に飛び立っていた。職員とかけ合い、相手の不手際を指摘し次の便に変更してもらうのにひと苦労。夜7時半離陸予定だったその便はキャンセルされ、指示に従いバスでBWIに。最終的にニューオーリンズに飛び立ったのは翌日未明だった。 この日はたまたま大雪だったが、アメリカでは航空便の遅延、キャンセルの多さが社会問題化している。次期大統領選挙に立候補を表明しているゴア副大統領は、遅延などの際の情報開示、顧客への休憩所や飲食料の提供を航空会社に義務付ける方針を表明し、議会とともに作業に入っている。 なぜこんなに遅延やキャンセルが多いのか。その一因として、オペレーション・コストを切り詰めるため、航空会社がハブ(拠点)空港に航空機や設備、人員を集中し過ぎている事情がある。ハブ中心の運営のため、どこかで天候不順などがあると玉突き式に影響が広がり、予定通り飛べなくなってしまう構造になっているのだ。 日本でも航空会社が自由化時代を生き抜く術として、オペレーション集中を取り入れようとしているが、コストが下がる代わりにサービスが大きく低下する懸念があることを知っておいた方がいい。 先日の某新聞コラムに「日本の航空会社はサービスが悪い」旨の記述があり、アメリカでは西海岸−東海岸の国内線で食事や飲み物が出るのに、日本の国内線は…、と批判されていたが、西海岸−東海岸は5時間もかかる。こんな「国内線」は日本にはなく、比較不可能だし、値段もアメリカの方が圧倒的に高い。 離陸時、田中角栄の元秘書がシートを倒したままであることを乗務員に注意されたのに聞き入れず、出発が遅れた問題でも、このコラムは「日本の航空会社はマニュアルに忠実すぎて、顧客の快適性を重んじない」というが、まったく的外れ。アメリカで元秘書と同じことをしたら、その場でつまみ出された上、損害賠償請求を受けるだろう。 UAの夜行便で空いていた時、4人掛けのシートに横になったが、少しでも乱気流に入ると乗務員が「起きろ」と尻を叩いて回り、ゆっくりできなかった。日本の航空便で同じ姿勢でいた時は、ここまで激しく注意されなかった。
●航空行政のあり方 アメリカは、独占禁止法の強力な運営で自由化の弊害を克服する道を取ろうとしているが、日本には強力な独禁法も、競争政策当局も存在しない。 日本は今、アメリカの航空自由化のまねをし、「低価格」を売り物とするいくつかの中小業者の新規参入が実現した。そして、大手がこれを潰そうとしている−−、ここまではアメリカの歴史と酷似している。この先、どこに行くのか。 アメリカとの違いは、一つは、大手に体力がないことだ。一足先に自由化を体験したアメリカの航空会社は、当時は国際線でもうけながら、国内で中小潰しをした。これに対し日本は、今、国際的な「格安競争」の真っ最中にいる。同時に、国内でも自由化が進められている。日本の大手3社はどこも外国系の手中に落ち、「国際寡占」の片棒をかつぐことになりかねない。 一方、国内の自由競争は、中小業者が青色吐息で早くも暗雲が差している。アメリカのような独占禁止法的な対応が困難な日本で、どう競争を維持するのか。 「アメリカの航空自由化は手本」という幻想を捨て、日本は航空政策を根本から考え直す時期に来ているのではないだろうか。 大辻さんにメールotsujika@kyodonews.or.jp |
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