ギニア高地で存在感示すバオバブ −「Gold News from Guinea」啓蟄号−
1999年02月28日(日)
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◆冬眠から目覚めました 日本から、やっとギニアへ帰ってきました。3カ月ぶりです。いつも旅の途中のような生活を続けているものですから、どこが本当に帰るべき場所なのか、あまり定かではなくなりつつあるような気もしています。 ともあれギニアの、いくぶんかは住み慣れた首都コナクリにたどり着いて、『帰ってきたよ!』と独り言を言ってみると、それだけで、ここが自分の故国だったのかと自然に錯覚できてしまうほど、ギニアの大地は私に溶け込んでしまっているようです。 異邦人には悪名が高い、コナクリ空港の快適ではない入国手続きのシステムに、ああまだやってるね、と微笑ましく、懐かしささえ感じてしまうのは、すでにまともな日本人の感覚を失ってしまった証左かもしれません。 ◆バナンフルフルというマリンケの語感 マンゴーの大きい樹は青い実をつけています。まもなく紅く色づき始めるのでしょう。海岸ギニアでは、マンゴーは年に最低2回は花をつけます。青い実の隣の枝には、次期の花がひそやかに開いています。 南米原産というセイバ(Ceiba pentandra)は、樹高30メートルを超える大木で、直径数メートルの太い幹と、曲がりくねった板根の奇怪さには似合わず、小型の枯葉色の紡錘形の実を細い茎でぶら下げています。 もう少しするとその実がはじけて、中の綿毛が風に舞うはずです。地元マリンケの言葉では『バナンフルフル』と呼ばれています。私はその語感が大好きです。 今は緑の葉がびっしりと茂っています。この樹は、人の住む場所にだけ育っている大木で、ほんの少し前の奴隷売買があった季節に、南米からの荷物を入れた箱の詰め物として使われた綿毛が、アフリカの土に根をおろして、大きく育ったものと言われています。アフリカと南米との過去の交流を大地に刻み付けている生き証人です。 ◆バオバブは孤独? 熟して乾燥した実の表面には細かいとげが無数についていて、少し油断をして手つかみにでもしようものなら、とんでもない苦しみを味わうことになってしまいます。 実の中のすでに乾燥した果肉は、ラムネ菓子のような味わいです。カルシウム、ビタミンB、Cがたっぷりと聞きますが、自分で確かめたわけではありませんから、真実のほどは知りません。葉は野菜のように利用され、樹皮はその繊維が活用されるとともに、薬としても使われているようです。 バオバブは、アフリカ固有の種と言われていますが、少なくとも私の知る範囲のギニア国内では、マンゴーの樹と同様、そのほとんどは人の日常の生活圏内にあって、人里離れた山の中にぽつんと育っているという例を知りません。 野性的に群生することはなく、村の守り神ででもあるかのように、古い村の中心に2、3本がしっかりと育っている事が多いように思えます。樹高の割に幹が極端に太く、しかも寸胴で、かなり不恰好な樹ではありますが、それゆえに多くの人に愛されているのかもしれません。 バオバブは乾燥した土地に育つもののようで、ギニアでは、高地ギニアでだけ見ることができます。高地ギニアにある、私の好きな現場キャンプは、首都コナクリから東へ陸路約950キロ走った場所にあります この時季は乾燥が極端に進んでいて、今朝の現地からの無線の報告によれば、昨日の朝の気温22度、昼38度、午後3時頃は45度になり、湿度は手元の湿度計では測定不能の10%未満との事でした。 現場キャンプから13キロ離れた村に、バオバブが3本一直線に等間隔で並んでいます。いかにも人為的に植えられたもののようです。樹高おおよそ30メートルくらいでしょうか。この近所には別の株がまったく見当たらないところを見ると、自然の状態で種子が芽を出し、樹に成長する確立は非常に低いような気がしています。 ◆またまた言い訳です コンパスとGPSを頼りに、石ころを拾いつつ一日中現地の山の中を彷徨する、というスケジュールが待っています。『ギニア山中彷徨』で灼熱のために焼死しないことを今から願っています。その作業が片付きしだい、コナクリに戻って『まじめ』に、『Gold News from Guinea』の発行を再開したいと念じておりますので、皆様のご理解をお願い致します。 ◆次号予告 メールマガジン『金鉱山からのたより』はまぐまぐ http://www.mag2.com/ (ID:0000005790)で配信します。 |
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