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日本企業のあいまいな倫理観につけこむタイ税関

1998年10月02日(金)
バンコク通信員 櫛田 一夫


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 タイではIMF指導のもと、公務員削減が急務となっているが、半面、存在意義の誇示や収入源確保の動きが出てきた。今年になって活発になったのが税関の特別チームによる企業の抜き打ち査察である。

 ●違法が慣例化していたタイの通関
 輸出企業の主だったところに突然訪れ、通関関連書類を押収する。査察チームだけではなく現地警察官が同行し、捜査礼状を示したところもあるらしい。

 査察チームがチェックするのは経理上で海外向けに支払い処理がされているのに、正式な通関が行われていない部品である。例えば、空港で手荷物で持ち込まれたり、一般的に通関処理をしないDHLやEMSなどのクーリエで届く部品、業者修理での持ち込み交換部品などである。

 言い訳のように聞こえるが、これらは正式に通関しようにも簡単には出来ない仕組みになっている。タイ国の通関法そのものが非常に古く、現代の、スピードを必要とした企業経営には対応できていないのである。第一に、空港で正式に通関しようとしても係官が面倒がって裏金ですませてしまう。当局側も守らせるための現場指導や現実に則した規制緩和などは行ってこなかった。

 これらのことにより、違法状態であるのを知りつつ、多くの企業がやむを得ず、こういった処理を長年やってきていたのである。

 書類を持っていって1ヶ月ぐらいたつと、数年前までさかのぼった関税未払い分や課徴金の算定が提示されるのだが、これが4-7倍という高額なペナルティが加算されている。例えば年商数億バーツ程度の企業でも、数千万バーツ(1バーツ=約3.3円)という数字を提示される。

 さて、ここからが問題だが、脱税の証拠を示した後、担当官が交渉をはじめる。「この金額ではあなたの会社もたいへんだろう。我々も要望に応える用意がある」というわけだ。だいたい、最初の提示額の50-20%ぐらいで決着する例が多いという。担当官の方も企業の財務状況を大筋でつかんでいるようで、このへんは露店での値段交渉とあまり変わらない。

 支払い額がきまると、担当官の指導により、後から見てつじつまの合うような偽装インボイスを数通、作成させられる。領収書は発行されるが、もちろん、納税の領収書ではない。

 ●「アメリカ人は攻撃的なので苦手だ」
 もうひとつの問題は、査察の対象になったのは日系企業が圧倒的に多いことだ。日系企業が多く集まっているある工業団地では、日系企業の約半数が半年間の間に次々と査察に入られた。

 バンコク日本人商工会議所でも会員からの訴えにより実態は把握していたようだが、理事会は「脱税している会社にお見逃しをして欲しいというようなことをタイ政府に意見出来るわけがない」と腰砕けだ。

 理事会の言い分はまさに正論で、代表的日本人組織の反応なのだが、タイ国では順法精神がちょっと違うと筆者は考えている。この国では、相手の出方によって法律の運用を変えるのは間違いではない。従って時には強く出ることも自分の財産を守るのには必要なことである。個人で強く出れば個人的に嫌がらせをされるから、所属団体を通じて抗議してもらう方法が有効なのである。

 しかし日本人組織は自分たちに非があると思ったら一切、口をつぐむのを美徳としているかのようだ。日本人のその独特の正義感もいいが、結果としてその精神構造が、日系企業に集中する「たかり」的な状況を許しているのではないだろうか。

 タイ当局の人と話する機会があったが「アメリカ人は攻撃的なので苦手だ」とその人は話していた。お金の無心をしたとき、すぐに自国政府を持ち出してけんか腰になる人たちよりは、法律を楯にすればしぶしぶでも払ってくれる人たちのところに査察が入るのは自然な感情だろうと思う。

 今回の事件は、日本人のあいまいな倫理観を見抜かれ、利用された代表例だと思う。(Kushida Kazuo=バンコクの日系製造業勤務)

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