HAB Research & Brothers

返還1年の香港最大の変化は権利意識の高揚

1998年07月31日(金)
萬晩報主宰 伴 武澄


 7月13日、香港のチェップ・ラップ・コック新空港に降り立った。開港から1週間だった。到るところで新空港の印象を聞かれた。コンピューターの故障による新空港の混乱は連日マスコミが大きく取り上げていたが、新聞情報ばかりで自分では体験していなかったから当然だ。

 筆者は機内に持ち込めるように小さめのバッグしか携帯していなかったから、何の問題もなく市内にたどり着いた。だからコンピューターの故障よりも十分に掃除もしないままあわただしく開港した不手際の方が気になった。それ以上に巨大な建造物だという印象が強かった。

 夜も寝られないと騒ぎ始めた新界の住民

 新空港問題で驚いたのは、着陸ルートに当たる新界の住民が「夜も寝られない」と騒音公害で騒ぎ出したニュースに接したことだ。大阪でも関西空港の発着ルートの変更が問題となっている。

 ビルすれすれに着陸ルートを取っていた旧啓徳空港で騒音問題がこんなにマスコミに取り上げられたことはない。新空港になってなぜ今ごろ騒ぐのか。いろいろ聞いてみた。

 真相はこうだった。離発着ルートは1992年に決まっていたが、新界の住民が自分たちの上空をジェット機が飛ぶことを知ったのは開港直前だった。日本でこんなことは起きないと思うのだが、英国の植民地だった時から、香港に人権などはなかった。だから文句を言ったところで「そんなところに住む方が悪い」の一言で片づけられた。植民地だから仕方がない。住民にもそんなあきらめがあった。

 ところが1年前から香港は香港人のものになった。1国2制度である。特別行政地区とはいえ、同じ中国人同士となれば、文句が言いやすい。行政に文句を言えば補償されるなら誰だって文句を言いたい。

 行政側の言い分は「70デシベル以下だから騒音ではない」というものである。しかし、住民たちは黙っていない。自前の測定器を持ち出して「70デシベル以上ある」ことをしきりに立証しようとする。マスコミも争って住民側の言い分を記事にしているから、この勝負は住民側の勝ちになりそうだ。

 レッセ・フェールから高コスト社会に移行する香港

 香港パソナ社長の相原氏がこの権利意識の高揚に関連して面白いことを言っていた。「住民のこの権利意識こそが香港のこの1年の最大の変化だ」と断言した。人権ではなくあくまでも権利意識である。

 人に会うたびに香港の1年間の変化について聞いたが、多くは「1年前は中国という政治が香港人の最大の関心事だったが、今は経済の行方だ」というような論評をしていたから新鮮だった。そして面白かった。

 「私は20年近く香港に住んでいるが、かつての香港人はどのようにして儲けるかしか考えていなかった。教育だとか福祉だとかいっても金儲けの方が優先していた。そんな人たちが返還後は環境だとか権利だとか言い出した。企業に対して退職金の積み立てを義務付ける条例もまもなくできそうです。先の選挙で大勝した民主党の公約は失業や福祉に関するものだったんですよ」
 「香港が変わるとしたら、香港がレッセ・フェールから高コスト社会に移行するということではないですか。福祉だとか環境問題はお金がかかるのです。植民地下では他力本願でのぞめなかった自治を手にしたことで必然的にそうなるのです」

 これまで普通の先進国だったら当然かかるような社会的コストが今後の香港の負担増となって行くというような内容だったが、決して民主化を否定しているのではない。民主化のコストについて裏側から説明してもらったような気になった。

トップへ 前のレポート 次のレポート



© 1998 HAB Research & Brothers. All rights reserved.