HAB Research & Brothers


いまや食卓の必需品となった輸入野菜

1998年07月01日(水)
メディアケーション 平岩 優

平岩氏へ


 豆腐、味噌、醤油の原料である大豆、砂糖、冷凍エビ、肉類、パンやうどんの原料の小麦と、日本の食は今や、外国産の食材なしには立ちゆかない。しかも、近年は生鮮野菜の輸入までが増えている。もちろん、人気のエスニック料理やイタメシなど食生活の多様性や変化が原因と言うこともできるだろう。しかし、輸入物はチコリやズッキーニ等、日本の食卓にのぼることの少ない西洋野菜だけではない。日本人にとっては馴染み深いカボチャ、ネギ、ショウガ、ゴボウなどにも及んでいる。こうした輸入野菜の増加の背景には、国内の生産環境、コスト、流通などさまざまな問題がかかわっている。

 野菜は世界45カ国からやってくる

 近くの大手スーパーマーケットの野菜売場をのぞいてみると、産地表示の札にさまざまな国名が書かれていて、あらためて驚く。こうした国名の表示は、1996年に日本農林規格(JAS)により、サトイモ、ニンニクなど5品目に義務づけられたもので、古い話ではない。表示の国名を読んでいくと、アメリカのブロッコリ、中国のショウガ、ニンニク、シイタケ、ニュージーランドのカボチャ、フィリピンのオクラなどなど。価格もブロッコリーなど、国産品に比べ半値である。そのほか、パックされた漬け物、水煮、冷凍野菜など外国で生産加工したものを数えれば、きりがないほどである。

 日本の野菜全体の自給率は1969年までは100%、その後、1993年に90%を割る。そして、1995年には85%と、輸入野菜の増加のピークを記録する。が、穀類、肉、牛乳・乳製品などに比べればその自給率はまだ高い。しかも、輸入量も微増だと言えなくもない。しかし、輸入ものが占める割合が50%を超える野菜も出てきている。たとえば、ショウガは76.7%、アスパラガス70.8%、ブロッコリー53.5%、そのほか30%を超えるものはエダマメ、サトイモ、カボチャである(1996年度、加工品も生鮮に換算、「野菜輸入の動向」野菜供給安定基金編)。

 野菜の出荷国はアジア太平洋地域を中心に45カ国、輸入量が多いのはアメリカと中国である。たとえば、カボチャを例にとると、出荷国はニュージーランドがトップで、メキシコ、トンガ、アメリカの順である。つまり、われわれは、かって考えられもしなかったような遠方の国の生鮮野菜を食べているのだ。

 以前は、日本の消費者は外国の食材というと、農薬の使用など安全性への懸念から敬遠気味であった。しかし、4人家族の30代の女性に聞くと、国産と輸入ものが並んでいれば価格の安さから輸入ものを選ぶケースが多いという。野菜供給安定基金調査情報課の村山義治課長は冷蔵輸送技術の向上を前提に「品質が国内と変わらなくなってきたことと、価格の安さ、それに1年中、食べたいという消費者のニーズ」が野菜の輸入を促進しているという。品質についていえば、輸入業者が外国で産地開発する場合、日本の種を持っていき技術指導を行い、日本の消費者に合わせた野菜づくりを行うから、年々、品質は向上する。また、村山氏は「カボチャなど国産が出ない端境期に輸入されるので、消費量が伸びる野菜もでてきた」という。たしかに、クリスマスや正月向けに、店頭にアメリカ産のイチゴが並ぶ光景も見慣れた。

 激減する生産農家数が輸入に拍車

 輸入野菜の増加には国内生産者の高齢化も影響している。手間のかかるもの、大根など重量野菜などの生産が敬遠されるからだ。練馬大根が消え、青首大根が幅をきかせているのも、そのせいであるという。農業の就業人口の平均年齢は1960年に42.3歳であったが、1995年には58.75歳と高齢化が進み、同様に戸数も606万戸から、43%減の344万戸に減少している(1996年度版「農業白書」)。こうした数字に応じて、野菜の生産量も1988年より、微減の傾向が続く。

 青果物卸、最大手の東京青果・企画情報課の加藤宏一氏は「農家の担い手がいなくなり、国内野菜はどんどん減っている。国内の生産量をカバーするには輸入野菜が欠かせない」という。加藤氏はそもそも野菜の輸入は外食産業の需要が発端となったという。国内の野菜が高すぎるからだ。量販店であるスーパーも「値動きの激しいのを嫌った」。輸入野菜は「通関するときに入る情報が確かで、日本に入った時点で仕入れ価格が決まる」。小売サイドでは、価格と供給の安定が得られるわけだ。つまり、輸入野菜の増加の背景には流通の問題も絡んでくる。加藤氏によればスーパーでも産地で買い付ける直販システムをとるところがあるという。「地域の卸会社をパートナーとし、センター機能を持たせ、ポスレジをこなせば、卸売のメリットはない。すでに、地方市場は存在基盤を失いつつある」と指摘する。

 野菜の流通は「公正」から「効率」へ

 生鮮青果のメジャー、ドール・フード・カンパニーの日本法人ドールでは、現在、外食産業や350の市場に野菜を供給している。が、今後は小売へのルートの強化などを通じ、1997年度670億円(フルーツも含む)の売り上げを、2002年までに2000億円に伸ばす計画である。ドールは「世界各地の産地と契約を結び、品質・供給・価格が安定した野菜を供給できる」ことを武器とする。たとえば、アスパラガスの国産品は2月の九州から始まり、8月の北海道で終わる。そこで、端境期の9月から1月まではオーストラリア、ニュージーランド産を、また、2月から5月まではメキシコ、アメリカ産を供給する。さらに、ドールでは輸入野菜の生産・販売だけではなく、国内10道県で1200戸の農家と契約し、従来の卸売市場を通したルートと共に産直ルートの構築にも乗り出している。

 そのドール、大手商社伊藤忠と組み、スーパー専用の物流・流通センターの建設を計画しているのが、量販店に野菜や加工農産物を販売する協和薬品である。同社は国内だけでなく、中国でも産地開発を行い、タケノコ、山菜、シイタケ、長ネギ、サヤエンドウ、アスパラなどを輸入している。

 田村和彦常務は「欧米の先進国では、健康志向から青果の消費量が伸びている。しかし、日本では青果が高いから伸びない。高いのはロスが多いからだ」という。生産から消費への過程で25%ものロスが発生しているというのだ。アメリカでは、たとえばドールにレタスを発注すれば、産地から冷蔵保存された状態で小売を経て、消費者に渡る。しかし、日本ではせっかく産地から冷蔵で搬入されても、卸売市場では常温状態で床に積まれる。消費者の手に渡ってから、日持ちがしないというわけである。こうしたロス、それにスーパーでの作業等から来るロスを解消しようというのが物流・流通センターである。

 今後5年間で、20カ所にセンター(20企業)を建設する予定である。センターは店舗の冷蔵機能を備えたバックヤードとなり、POSデータにより仕入れを調節し在庫管理をしたうえに、加工やパック作業も行って各店舗に納品する。価格、品質が見極めにくい生鮮野菜での、いわゆるECR(efficient consumer response)への挑戦である。

 また、野菜は天候に左右され日本では産地が細かく分かれているので、品質や価格がばらつく。量販店が大量の野菜を安定供給するためには、一種類で3つぐらいの産地を押さえなければならない。結果、供給を市場にまかせて、コストがかかるという。こうした面からも、輸入野菜が導入されることになる。田村氏は従来の流通システムは「売る方も買う方も零細であった時代、委託販売という形で公正、公平を保つためには意味があったが、今は『公正』ではなく『効率』を考え、消費者のニーズを重視する時代だ」という。農協も大型化しつつあり、野菜は高値で安定した需要のある特定の市場に集中して集荷されだしている。東京青果の加藤氏の述べていたように、地方の市場の役割が機能しなくなっている。日本の五大都市のひとつである中央市場でさえすでに、業界では“屑”と言われる市場さえある。従来の流通システムが綻びはじめているのである。

 円安でも減らない輸入野菜

 こうした中で、野菜の輸入量は今後、ますます増えていくのだろうか。野菜供給安定基金の村山氏は「微増の傾向が続く」と見る。また、今後、「国内の供給量の足りない有機野菜が増えるという見方もある」という。アメリカのカリフォルニアやオーストラリアは乾燥地であり、湿潤で病害虫が発生しやすい日本より有機栽培に向いているからだ。東京青果の加藤氏は、アメリカ産は国内消費量を考えると横ばい、オーストラリア、ニュージーランドが微増、中国はショウガ、ニンニクなどの連作で土地が荒れると見て全体的に「横ばい」と読む。もともと、野菜の供給量は天候に左右されやすい。1995年の輸入量は、タマネギの不作が押し上げた。その意味では不確定要素も大きいし、野菜の種類によっても、それぞれ事情は異なる。

 しかし、村山氏は輸入ものがシェアを伸ばす「ショウガの高知やニンニクの青森のように、特産品が固定する産地のダメージが大きい」と語る。安い労働力を投入した輸入ものにはコスト面で太刀打ちできない。ちなみに1988年から1998年までの間に、国内の輸送費・人件費は9割上昇している。加藤氏も「すでに、ブロッコリー、アスパラ、カボチャなどで、国産の砦は崩されている」という。しかも、「このままでは、日本で作れない野菜が出てきて、円のレートが安くなった時にも、外国産の供給を仰ぐしかない事態が起こり得る」と危惧する。しかし、そのために消費者が国産品を守るコストを負担するわけにはいかないだろう。

 グローバル化の中で、生鮮野菜も例外ではなく、インターナショナル・プライスに向かっていく。加藤氏がいうように、「いいものを作る農協だけが生き残り、大農協に集約されつつある」。また、農家の法人化、野菜の宅配やスーパーと生産者のさまざまな形での提携など、新しい試みが始まってもいる。輸入野菜、量販店の増加、消費者ニーズの変化の中で、今、野菜の生産、流通の新しい枠組みが模索されつつある。

 手をかけて野菜を作る個人農家が減少するという状況は、どこか優秀な技術を持ちながら淘汰される中小の製造業者と重なる。効率と組織化の動きの中で、せっかく個人農家が作り上げた新種のブランド産品が流通に乗りにくいという話も聞いた。

 しかし、消費者の一人としてはもはや、「適正な価格の野菜を、一年中、好きな時に食べたい」というニーズからは逃れられない。効率を優先させながらも、美味しく、生産者の工夫が盛られた野菜を届けて欲しいというのが、取材を通じての正直な気持ちである。


 平岩優氏はメディアケーション(東京都)代表。環日本海など幅広い分野でレポート、編集活動を展開している。
 環日本海のホームページhttp://www.lares.dti.ne.jp/~yuh/index.htmlを立ち上げたばかり。
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