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自転車業界で常識となった"Shimano inside"

1998年03月09日(月)
共同通信社経済部 伴武澄

 自転車業界を取材しておもしろいことに気付いた。自動車業界はトヨタやホンダといった組立企業が傘下の部品メーカーを支配するピラミッド型構造になっているのに対して自転車業界の主導権は部品メーカーが握っている。

 大阪府堺市に本社を置く上場企業、シマノはマウンテンバイクなど高級自転車部品が主力。変速機やブレーキでは世界市場の7、8割のシェアを持つ。インテルのMPUなくしてパソコンとはいえないように、シマノの部品なくして世界の自転車市場は成り立たない。パソコンの「インテル・インサイド」ならぬ「シマノ・インサイド」が品質保証のメルクマールとさえいえる。

 世界の自転車業界のモデルチェンジは春。シマノが2月発表する部品の新製品発表を待って、組立メーカーが相次いで新車を発表する。自動車部品産業が毎年のように部品の値下げ圧力を受けているのと対照的に、シマノが価格決定権すら持つ。高いシェアゆえである。派手な広告を打つわけでもないが、世界の自転車産業の目は堺市に向けられている。

 ●中国工場の立ち上がりはシンガポールが指導
 シンガポールを中心に、マレーシアのジョホールバルー、バタム(インドネシア)、中国で製品の3分の1をアジアで生産。1997年11月期の売上高は前期比13.1%増の1483億円。海外で比率は年々アップしている。コストダウンが目的で進出したシンガポールは、いまや日本に近いレベルのオペレーションが可能となっている。

 シンガポールは、すでに海外生産のテクニカル・センター的機能を果たしており、1992年に進出した中国の江蘇省昆山の工場は立ち上がりから総務・経理部門の要員をシンガポールから連れていった。雇用した中国人の研修もシンガポールが中心だった。

 開発途上の中国への技術移転は「先進開発地域」のシンガポールが重要な役割を担うこととなった。東南アジアから中国への技術移転は一昨年来、ベアリングのミネベアでも開始しているが、シマノはそうした傾向の先駆者ともいえよう。

 ●丁稚からのアントロプレナー
 シマノの歴史は大正時代に遡る。創業者の島野庄三郎は丁稚から苦労を重ね、1921年、大阪府堺市に島野鉄工所を創設する。自転車のペダルを逆に回せるフリーホイールの生産が部品屋としての始まりだった。自動車の時代ではない。自転車が主力の輸送手段だった時代である。シマノのフリーホイールは1939年には月産10万個に達し、国内シェア60%を占めていた。

 第二の転機は1960年代の戦後の対米輸出である。日本にはほとんど競合する部品メーカーはなかった。すでにシマノの主力製品は変速機になっていた。自動車王国アメリカでちょうど健康指向によるレジャー用自転車がブームとなり始めていた。知名度の低いしかも日本の部品メーカーの進出には障害も多かったが、時代にも恵まれた。米国での余勢を駆って、欧州にも進出するころには国内工場の生産能力にも限界が出てきた。

 一般的に日本製品がまだ価格で勝負していたころである。人件費が高騰した国内生産では欧米の価格要求に耐えられなくなっていた事情はシマノにも当てはまっていた。シンガポール進出は1973年に決まった。政治の安定と良質で安価な労働力が魅力に映った。いまでこそ部品メーカーは世界各国に進出しているが、当時の海外進出は「アセンブル」が主力。日本から部品を持ち込んで組み立てるのが一般的だった。部品メーカーの海外進出こそが、現地の技術レベルの向上になることは1980年代後半にようやく見えてくる。堺市のシマノは10年、20年と時代を先取りしてきた。

 ●為替変動に強い「国内円建て、海外ドル建て」
 現在、シマノのグローバルな従業員5500人のうち、シンガポール・グループが3200人を超え、6割を占める。一大拠点である。シマノの輸出戦略でユニークなのは、早い段階から国内生産は円建て、海外生産はドル建てとし、為替変動に極めて強い企業体質を持つ点である。角谷取締役は「価格交渉力があるからできることです。最近の円安による為替差益メリットはないが、円高時には急激な手取り収入の減少はなかった」と経営の安定に貢献してきた状況を話す。トヨタ自動車や松下電器産業といえども、はるかに及ばない。

 これまで東南アジアは欧州や米国向け輸出拠点だったが、中国はちょっと違う意味合いを持つことになりそうだ。というのも世界最大の自転車組立会社である台湾のジャイアント社が巨大な生産拠点を設けているからである。1980年代には台湾が自転車輸出国だったが、いまやその役割は中国が担っている。シマノ・インサイドの中国産マウンテンバイクが世界を制覇する日は間近い。

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