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続・北海道が独立したら(AFF95年5月号掲載・元東京新聞/板垣政樹)

1998年1月16日(金)
共同通信社経済部 伴武澄
古いファイルを整理していたら、農水省の広報誌AFF95年4月号に掲載された「北海道が独立したら」への東京新聞・板垣政樹記者の反論が出てきた。同誌5月号に「続・北海道が独立したら」と題して掲載された後、板垣記者は米国のデンバーのソフトウエア会社に移った。あざやかな転身だった。記者クラブで数少ないインターネットの意味を知り尽くしていた記者だった。新しい発想を持つ人々は東京を去り、日本を去る。

●絶句するほどの暴論だ●
「1ドル=500ピリカにして北海道が独立すりゃいいんだよ・・・」
3月半ば、記者クラブで5、6人の記者と地域経済のあり方について酒飲み話をしていたところ、共同通信社の伴記者が、こう切り出した。聞いてみるとすざまじい構想で誰が聞いても絶句するだけの暴論だ。ところが、"酒の肴"に議論してみると、日本の農業政策の問題点と今後のあり方を議論する格好の材料であることが分かった。この場を借りて、"もう一つの暴論"を展開してみる。

伴記者が先月のAFFで展開した「北海道独立論」を簡単に紹介すると、北海道が独立国家となり、通貨を「ピリカ」とする。そこで、為替レートを1ドル=500ピリカに設定し、日本の農産物に大変な競争力を与えれば、乳製品でも畑作産品でも輸出が可能となる。鉱工業製品も企業をどんどん誘致し、自給体制を整えればよい、というものだ。農業でも製造業でも、生産拠点となる土地が豊富にある北海道だから可能となる構想で、独立の魅力に駆られて、強力な労働力となる若者も集まるという。

経済的に成り立つかどうかを考えれば、実現性はゼロ。伴記者によると、1ドル=500ピリカにするというのは、現在の円にしてみれば、大変な円安状況を作り出すということ。通貨均衡を無視して、仮に実現したとしても、ただでさえ大幅な移入超過にある道内経済は、開国(?)当初数カ月で超ド級のインフレに見舞われ、あっという間に経済が破綻するのは明白。問題点は星の数ほどあるので、ここでは敢えてゴチャゴチャ説明しない。説明しなくとも、ともかく無理だ。

●マルクスも一杯くれ●
しかし、酒の勢いは恐ろしい。素面なら間違いなくここでやめるものを、単なる酔っぱらいと化した輩はここから佳境に入る。
「では、経済的に成り立たない、といのは無視して考えよう」-酩酊した記者連中の歓談に、酒の弱いマルクスが参加していたら、「ちょ、ちょっと私にも一杯くれ」と言って焦り出したに違いない。とにかく、強引に独立を考えた。

まず、独立直後に何から手を付けるべきか。インフレが生じる輸入を避けるためにも自給しないといけない。自給のためには生産増大が不可欠、そうなると、労働力確保が第一歩。とどのつまりは若者のUターン促進だ。

黙っていても若者は北海道に足を踏み入れない。しかし、雄大さを武器に景観ビジネスでも本気で進めれば、観光客は間違いなく増大する。何といっても1ドル=500ピリカ。絶品のイクラ丼が300円程度で食べられるのだ。これで相当な円通過を獲得する。

そこで、生産増大計画を進める。この段階では、300円のイクラ丼に魅せられた若者は、働き口があればUターンしようと考えるだろう。農業をやろうとはまだ考えまい。まずは製造業とサービス業で人を集める。幸いにして手に入れた円がある。これで道外にいる生産技術者を大量にヘッドハントし、道内産業・企業の育成に猛進する。

若者が増え、人口は増大する。そうなれば、食料自給のための農産物生産拡大も進めなければいけない。牛乳、じゃがいも、ビートなど既存の産物はいい。魚だって豊富にある。しかし、これまで道外の供給力に頼っていた農産物はすべて自己生産を始めないとだめだ。広大な土地はある。しかし、条件不利地などない。べらぼうに安い通貨のおかげで、作れるだけ作って、余った分は輸出すればよい。大変な額の外貨獲得で、作れば作るほどもうかる農業が実現する。(黒字増大でピリカ高になる?人は酒が入るとその意味すら分からなくなる)

●魅力ある農業作りは、魅力ある地域作りから●
こんなばかげた話をここまで読んでいただいた方に感謝します。読者の8割の方はすでに次のページに進まれたでしょう。残りの2割の方に、これから結論を申し上げます。

まずはみなさんも大いに酔っぱらい、真剣に"北海道の独立方法"を考えてみて下さい。聡明な読者のみなさんであれば、さまざまな、かつユニークなアイデアが浮かぶのではないでしょうか。何といっても、独立するわけですから、「過疎化ー国の滅亡」です。高齢化が進んで大変だなどとのんきに構えていられません。何が何でも魅力あるビジネスやプロジェクトをまずスタートさせ、定住する人を集め、さらにあらゆる産業で生産を拡大しなければ生き残れないわけです。まさに、地域の確立に向けた死闘が繰り広げられるのではないでしょうか。

さて、みなさんの頭の中にさまざまな政策がよぎったはずです。その中で農業政策というのは、どのような位置づけだったでしょうか。

どこかで農業政策を考えたでしょう。独立すれば食料も自給が不可欠なのは明白。農業政策なくして食料自給は成り立ちません。しかし、「始めに農業ありき」という独立構想にはならないはずです。作る"人"がいないと農業は成り立ちません。 現実の世界でも、農業の悩みは農業に人が集まらないこと。いくら北海道の広大な農地で効率的な大規模生産が可能であっても、それだけでは人は集まらない。ばかばしいほどに当然な主張ではありますが、地域の確立は、魅力ある農業作りではなく、魅力ある地域作りにほかならないことになります。

酔った勢いで練った北海道独立論を頭の中で残像化させつつ、現実に立ち戻って考えてみる。農水省だけではもう、農業のことは考えられない状況になっているのではないでしょうか。極論すれば、農業政策だけを考えることが愚かしいということだ。短いながらも1年間の農水省担当経験で、たどりついた結論がどうもこれだ。

今年から農業基本法の大改正作業が始まるが、発想だけは間違ってほしくない。農業のために何をどうするべきかではなく、地域のためにどうするかが根幹となるはずだ。ふざけたように聞こえるかもしれないが、いっそのこと北海道独立論を土台に基本法のあり方を議論してもいい。

北海道の人は焦るだろう。自らの地域が自立不可能などと結論づけられてはたまったものではない。だから彼らだって黙ってはいない。さまざまなアイデアを練って、北海道という地域の可能性を模索し、主張するに違いない。主役の"地方"が本当に真剣に動き出す。そうなれば、「農業基本法をどう見直すか」などというテーマは吹き飛んでしまうはずだ。それが本当の地域政策論議であり、今後の農業政策の"考え方"だと思う。


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