HAB Reserch & Brothers Report


フィリピン紀行(2)

KYODO NEWS Deputy Editor 伴 武澄
HAB Reserch 1998年1月12日
●欧米が注目する安いアジア●

フィリピンのBOI(投資委員会)ではナンバー3のアキノ氏(Governer=日本語で何と訳すのか)が休日にも関わらず対応してくれた。アポイントなしです。受け付けで「日本から来たジャーナリストだ」というだけで執務室に通してくれた。
インタビューの前日、フィリピン政府が発表した経済統計では「1-9月のGNPが6%、GDPは5.2%伸びた」と発表。「投資と個人消費に支えられた結果、予想外の伸びを維持した」とコメントしていた。24.1%伸びた輸入は6.6%増に抑えられ、半面、輸出も5.5%増にとどまった。

アキノ氏は「フィリピン経済はタイと違い、パニックにはない」ことを強調したうえで、財政の黒字基調と低いインフレ率(数字は挙げなかった)を背景としたフィリピン経済のファンダメンタルズの良さを再認識してほしいと述べた。
さらに「アジアの通貨危機の影響を受けていないとは言えないし、経済が安定しているともいわない。しかし、ビル建築は続いている。部品輸入が不可欠な自動車関連はスローダウンしているが、輸出が中心の電子部品がまだ堅調で、消費はいまのところ非常に強いものがある」と消費の強さをことさら強調した。特に消費の背景には100億ドル超の海外送金があることを繰り返した。

アジア通貨の下落以降の投資動向については「最近は、フランスとか英国とか欧州の国のミッションがフィリピンを訪れている。安い投資国として再認識しはじめた証拠だ」と注目すべき発言をした。

●出稼ぎ家庭も保有するドル預金●

予備知識もあまりなく、しかも短期間の滞在でフィリピン経済を語るのはおこがましいが、この国の経済はまだ本格的バブル期に到らないうちに通貨危機のあおりを食ったというのが正直な印象だ。先週に報告した通り、フィリピンの一部は、海外送金というそれこそドル経済そのものが存在し、基地跡のスービックやクラークもまたペソと切り離された経済だということもできる。金持ちはもちろん、出稼ぎをするような家庭にも多くのドル預金口座がある。

フィリピンの一部の現象で、すべてを語る訳にはいかないが、とにかく人口の5%以上にあたる420万人が海外で働き、毎月せっせと故郷に送金している事実には注目せざるをえない。この国の民間ドル保有額は、政府による外貨準備以上だといえよう。 香港ドルの強さは、単なるドルペッグ制ではなく、発行する紙幣そのものがドルに担保されているからだ。香港金融庁には発行済み香港ドルと同価値のドルがリザーブされている。ドルリンク紙幣の強みは一方で、景気変動に合わせた独自の金利調節を不可能にする デメリットも内在している。

ところが、フィリピンの場合、国内通貨のペソとは別個に、ドルそのものが国内で流通したり、預金されていす。米国に51番目の州を望んだこともあるフィリピンにはペソ経済とドル経済がなんの不思議もなく並立しているのかもしれない。いい、悪いと言っているのではなく現実なのだ。

●2極化するアジア-華僑の経済支配度合いがカギ●

7月2日以降のアジアの通貨危機を振り返ると、ASEAN各国、NIESそれぞれの経済は通貨の下落と株式市場の下げの両面から打撃を受けている。しかし、いまのところIMFの緊急融資を受けたのは、タイとインドネシア、韓国だけだ。なぜ、マレーシアやフィリピン、台湾、シンガポールが極端な外貨不足になっていないのか。

もちろん、外貨準備に比較的余裕があったのは事実だが、バブル経済の深刻度が違っていたのだろうか。金融市場の開放度合いが高かったからだろうか。それだけだったのだろうか。ここで、アジア経済の担い手は誰だったのかを思い出すとひとつの結論に突き当たるような気がする。

これはまだ推論段階で、拙著「日本がアジアで敗れる日」(文芸春秋社)でも説明したことだが、アジア経済の中心となった華僑ネットワークの存在にカギがあるような気がした。特に大財閥の総帥には福建系華僑が多いが、自国経済に占める華僑の割合と福建系の割合を検証することが重要ではないか。

華僑企業は従来から、資産を分散する傾向が強く、利益を国内に貯蓄することなく、主に香港で運用してきており、いまでは欧米への投資も盛ん。華僑資本にとって資産のすべてを国内に置かなかったことが、通貨下落の影響をまともに食らわなかった背景にある。華僑のポートフォリオのあり方がいまのところ壊滅的な危機を救っているのではないだろうか。

結論的にいえば、アジアのなかで華僑経済のシェアが高い国ほど被害が小さく、華僑経済がほとんど存在しない韓国がもろに通貨下落の風あたりをまともに食らっているということだ。シンガポールとマレーシア、そしてフィリピンの経済の中枢を担っているのはほとんどが福建系華僑。台湾は福建省からの移民が国民の大半を占め、福建省そのものだ。 半面、インドネシアではプルタミナなど政府系の企業やスハルト大統領一族が支配する財閥が経済のかなりの部分を支配しており、タイでも華僑系が牛耳っているが、潮州系が多いうえにタイ社会への土着の度合いが強いのが特徴だ。

もしこの推論が正しければ、ボーダーレス時代に生きる華僑の強みをさらに補強するものになるかもしれない。(異論反論があればぜひ、メール下さい)

考えてもみて下さい。日本でその日の円ドルの為替レートを正確に言える国民がどれほどいますか。香港普通の商売人は複数の為替レートから金相場まで毎日、頭にインプットされている。そんな国民性が欧米の投機筋に簡単に敗れるとは思えない。

もはやフィリピンレポートを逸脱した。日本で100億ドルと聞いても1兆円ちょっとだと考えるだろうが、800億ドル程度のGDPのフィリピンで100億ドルの海外送金があるという現実を直視すると、こんな発想がでてくる。

大体が、アジア好きで訪れる先々で楽しい思いをすると、どうしてもアジア寄りの発想になってしまう失礼をお許し下さい。(了)



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