北海道が独立したら(AFF1995年4月号掲載 )1995年02月28日共同通信社経済部 伴武澄 | |
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しんしんと冷え込む2月下旬の夜、若い農水省の役人とビールを傾けていた。省内ではなかなか天下国家を語るチャンスがないと嘆く人だから、当然、日本国のあり方に話が及ぶ。空の缶ビールが10本も並んだころ、彼は突如としてひらめいた。
「国を出て、国を作ればいいんだよ。そうしたら日本の規制から逃れられる」 1ドル=100円という円高が続けば、農業どころかハイテク産業だって崩壊しかねないというのがお互いの問題意識だから、急にビールのピッチが上がった。1ドル=500円ぐらいの為替交換率を実現したら、一人当たりGNPは5000ドル前後(当時NIESは1万ドル前後)となる。 「教育水準が高くて日本語が通じる投資国」として売り出せば、NIES諸国より有利な地位になる。もしかしたら農業だって国際的競争力を回復できるかもしれない。当然ながら国からの補助金は切れるが、海外投資導入のためのインセンティブを作れば資金はある程度、外国に依存できる。 まず「日本国憲法は武力の行使を認めていないし、知事の要請がないと自衛隊は出動できない。だから一方的独立をしても自衛隊は何もできない、簡単な住民投票で独立できそうだ」という点で一致したことだ。
さらに杯を重ねた。アメリカも英国の規制から逃れるため分離独立した。日本だって徳川時代の諸藩は半独立状態で独自の通貨を持っていたり軍隊を持っていた。当初、沖縄などは明国にも使節を送っていた。 「北海道だな」 うん、経済規模としてもほどほどだし、何より道路などインフラ整備が比較的進んでいるのは有利だ。高速道路や新幹線はまだまだだが、ハブの役割を果たせる24時間体制の滑走路4000メートル空港の存在は大きい。農業も本土のように反当たりなんてけちな単位を持ち出さなくて済む。 市場開放で「将来がまっくら」といっている雪印乳業も明るい光がさす。室蘭中心の鉄鋼関連も息を吹き返すこと請け合いだし、主力の紙パルプ産業どころか、ひっとしたら炭鉱も復活するかもしれない。ビールがなくなって水割りに移ったころ、僕たちの間で北海道国の未来は輝きはじめ、具体的国家作りに入った。 そもそも本土のがんじがらめの規制から逃れるための国作りだから、北海道国のキーワードはアダム・スミスに立ち返って「レッセ・フェール」となる。政体は大統領制を中心とした連邦国家とすることに決まった。 なぜ連邦制かといえば、ほかの本土の自治体が参加しやすいように考えたからである。ワシントン・アップルと競争したければ青森県だってすぐに参加できる。秋田県が「あきたこまち」をカリフォルニア米と同じ土俵で戦わせる意思があれば連邦政府は歓迎する。国名は決まっていないが「連邦」をつけることだけは譲れない。いずれ国民投票の対象になるだろう。 北海道のいいところはまだ開拓精神が残っているところだろう。そもそもアメリカと同様に本土で食えなくなった移民で発展した地域だ。首都は札幌でなく、中心の旭川に置き、札幌はニューヨーク並みに経済の中心として残ればいい。最高裁は帯広、議会は函館が候補地として上った。三権分立だ 国語はどうすればいいのか。彼は当然ながら日本語を主張した。国旗はアイヌの神様である「ふくろう」をあしらうことを条件に公募する。国家は札幌オリンピックの歌となったトワエ・モアの「虹と雪のバラード」が適当だろう。僕たちは18世紀後半のワシントンやジェファーソンのように国の将来を語り続けた。 通貨名だけは決まった。「ピリカ」。美しいという意味のアイヌ語だ。補助通貨は「マリモ」でもいいが今後の検討課題として残った。大切なのは通貨の切り下げだけだ。切り下げなくして独立のメリットはまったくない。産業の競争力を回復できないからだ。僕が口火を切った。
「1ドル=300ピリカ程度だろうか」 もめたのは初代大統領と閣僚メンバーだった。北海道が独立すれば、本土の政党再編に乗り遅れた横路知事はいずれ戻ってくるだろうが、この人だけは地元を捨てたのだから権利落ちにしたい。個人的には新しい器には新しい人材が必要だから、岩国哲人あたりが立候補すれば当選するのではないだろうかとも考えたが、やっぱり出戻りでも横路大統領なんてことになるのだろうということで落ちついた。 独立の日時は、1995年閏8月しかない。中国では古来、閏8月に革命や政変、天変地異が起きると信じられている。戦後50年の8月15日はちょうどいい区切り。本土と50年も付き合えばいいだろう。それに右肩上がりの本土の経済は終わり、これから地方への補助金が増えるような状況ではないから潮時だ。 宮沢りえも早く、りえママに引導を渡して自由になればいいのに。なんちゃって。 果てしない議論が続き、やがて東の空を白ずんできた。そしてはっと、目が覚めたら自宅のベットに横たわっていた。
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