内閣総理大臣の記者会見、少なくとも重要事項に関する緊急記者会見は、NHKが万難を排してでも地上波で生中継する。それが、総務省の監督下にある特殊法人であり、国会に予算承認権を握られているNHKと、政府・首相官邸との不文律の了解事項だった。
しかし、この不文律の了解事項がついに、NHKによってほごにされる時が来た。3月31日午後6時から始まった、福田康夫首相のガソリン税の暫定税率失効の関するお詫びの記者会見である。
筆者はたまたま自宅にいて、午後6時からのNHKニュースを見ていた。番組の冒頭で、アナウンサーは首相の会見が6時から始まったと伝えたが、それだけである。後は、ガソリン税の暫定税率の時間切れ失効に関する国会の動きと、街のガソリンスタンドが困惑する状況を伝えていた。
NHKは最初10分間の全国枠でもその後の関東枠でも、首相会見を中継しないばかりか、会見の中身にも触れなかった。
一方、チャンネルを民放に回してみると、面白い現象を確認できた。他の民放各局のニュースは、首相会見をまったく無視していたのに対して、自民党が毛嫌いするテレビ朝日だけが、生中継のテロップ入りで首相会見を流していた。しかし、それも数十秒間だけだった。
福田首相は27日午後4時の会見以来、それまでのメディアなど相手にせずの態度を一変させ、やたらとインタビューに応じたり、テレビ出演したりしていた。その圧巻が、30日午後5時から1時間枠で放送された、NHKの「総理に聞く」である。恐らく官邸サイドが指名した、最も「安全パイ」である解説委員、山本孝氏を相手に、福田首相はあれこれとガソリン税に関する見解を語っていたが、新味のある内容ではなかった。
とても全部を聞く気にはなれない。前半の30分は我慢して聞いていたが、家人の圧力もあって、後半の30分は、日本テレビの「笑点」にチャンネルを切り替えてしまった。
NHKが31日の記者会見を生中継しなかった理由は、分かりすぎるほど分かる。事前取材で、会見に新味がないことは承知のことである。しかも、前日には、日曜日の夕方、1時間にもわたって、首相のいわば弁明に貴重な全国枠を提供している。
しかもである。NHKだけでなく、今年の3月31日は、日本のTV局にとっては新年度のスタートの日である。週単位で番組を編成するTV局にとっては、この日は新番組がスタートする日である。中身の期待できない首相会見になど付き合ってはいられない。
NHKが31日の会見を生中継しなかったことには、もうひとつ重要な伏線がある。安倍晋三首相時代に政府から送り込まれた、古森重隆経営委員長が3月11日の委員会で、NHKにとっては許し難い圧力をかけていたのである。
NHKのホームページに掲載されている経営委員会の議事録によると、古森氏はこの日、NHKに対して、国際放送に関して「国益放送」をしろと強い圧力をかけている。
この議事録はとても面白い。特に古森氏と今井義典副会長、多賀谷一照委員長職務代行者とのやりとりは、一読の価値がる。興味のある方はぜひとも読んでください。以下が、NHK経営委員会のこの日の議事録が掲載されているNHKホームページのアドレスです。
http://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/giji/giji_new.html
NHKは総務省の監督下にある特殊法人だが、国が金を出して運営する「国営放送」ではない。古森氏は国営放送と公共放送をごっちゃにして考えている御仁のようである。
一連の不祥事により国民の信頼を著しく失墜させたNHKはその後、政府・自民党の圧力に屈し、平身低頭の様を余儀なくされてきた。しかし、古森氏の理不尽な圧力は、NHKの報道機関としてのプライドをズタズタに引き裂きさいただけでなく、NHKの我慢の限度を超えるものだった。
NHKがお手本とする英国の公共放送・BBCならば、直ちにこの件に関する検証番組の制作に立ち上がるところだろうが、それができないのもNHKの現実である。
福田政権は、もはや風前の灯である。自民・公明の連立政権もこの先どうなるか分からない。政府から送り込まれた経営委員長は、理不尽な要求をする。NHKが首相と官邸、自民党とある一定の距離を取ろうと考えるのは、組織防衛反応としてみれば、当然のことであろう。
福田首相はとうとうNHKにさえ見捨てられてしまった。(2008年4月1日記)
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