新潟県中越沖地震が発生した7月16日、安倍晋三首相は参院選の九州遊説を中止し、一報を聞いた長崎市から首相官邸に戻りました。ここまでは、誰も文句をつけられない適切な判断でした。
しかし、その後がいけません。官邸に戻った首相は官邸管理センターで指揮を執るのではなく、被害状況を把握するためとして、直ちにヘリコプターで新潟に入りました。被害状況が判明しない段階での、即日の被災地視察は、国の最高責任者の判断としては、極めて稚拙なものだといえるでしょう。稚拙で済めばまだいいのですが、首相の判断の背景には、自民党劣勢の参院情勢を反転させようという意図が見え見えでした。
官邸に戻った首相がまずやるべきことは、大地震の規模と被害状況の把握と、それに基づく政府方針の決定であるべきです。そして、自衛隊を含む関係省庁への具体的な指示と、国は被災地住民を保護するという国民へのメッセージの伝達であるべきです。
そうした状況把握と判断は、地震が発生したその日においては、官邸においてしかできないことです。また、最高責任者が不在では、この大地震に関わる緊急対応が難しくなります。
首相が被災地に入れば、国の出先機関、県、市町村、警察とも、首相の面倒を見なければなりません。本来ならば、全力を挙げて被災状況の把握と被災者救済に当たらなければならないこれらの機関の人員と装備が、首相の被災地入りの対応に振り向けなければならなくなりました。首相の即日被災地入りは、被災地の関係機関と被災地住民にとっては、迷惑以外のなにものでもありません。
首相は被災地視察で主に2つの行動を取りました。柏崎刈羽原発の視察と被災者の避難所訪問です。この2つの行動とも間違った判断に基づくものでした。
大地震で被災し避難した住民に対して、被災状況も把握せず、大地震に対する政府方針も決定していない首相が被災者を慰問しても、被災者にとって何の役に立つというのでしょうか。首相が、避難所で被災した住民とひざ詰めで話しても、その光景がTVカメラを通して国民に伝わったとしても、この日の時点では、それが何になるのでしょうか。
東京電力の柏崎刈羽原発視察は、首相の判断の不適切さを象徴するものとなりました。大地震発生日の時点では、原発建屋ではない場所で変電機の火災が発生したことくらいしか、原発の被害状況は分かっていませんでした。
ここで首相は現地責任者から原発の被害状況を聞いたわけです。しかし、この説明は、その後分かった原発被害の事実とはまったく違ったものでした。翌日以降、東京電力が明らかにした原発被害は、首相への説明とはまったく違った、極めて深刻なものでした。
原発被害は、放射性物質の環境への流出など、IAEA(国際原子力機関)や欧米の原発立地国、それに海外のメディアも注目する事態になってきました。大地震発生の翌日朝、NHK・BSでABCニュースを見ました。ABCはこの大地震を「世界最大規模の原子力発電所が立地する地域で発生した大地震」と形容していました。首相の即日原発視察には、こういった視点はあったのでしょうか。
安倍首相の即日の被災地入りの判断には、よからぬ思惑があったとしか考えられません。年金記録漏れ問題や閣僚の相次ぐ失言、政治資金の不透明な使途などで逆風下にある、参院選での自民党の起死回生を狙ったということでしょう。
こうした、あからさまな、あられもないパフォーマンスに簡単にだまされるほど、日本国民は愚かであると、安倍首相や塩崎恭久官房長官率いる首相官邸は考えているのでしょうか。(2007年7月20日記)
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