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公用車はトヨタに

2007年02月26日(月)
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口坦
 私は自分が文科系であったせいか、技術がビジネスだけでなく、文化とか社会とかいったものと関係していることを知ると少しうれしくなる。例えば、ハイブリッドカーがそうで、この技術に対するドイツでの評価は日本とかなり異なる。

 ■「環境」ルネサンス

 ドイツ前政権で消費者保護・農業担当大臣をつとめたレナーテ・キュナスト現連邦議員(緑の党)は、最近、排出ガスの大きい自動車ばかり製造する自国の自動車メーカーを批判して「みなさん、トヨタのハイブリッドカーを買おう」と発言して、同国人の反発をかった。ドイツでは毎年「環境にやさしいカーベストテン」が発表される。常連は日本車で、ルノーやプジョーのフランス車が顔をみせ、昨年ひさしぶりにワーゲンの小型車が登場。

 欧州連合では道路交通が二酸化炭素排出全体の20%を占め、またその半分以上に相当する12%分は乗用車が出す。1990年から2004年までの間に欧州連合は温室効果ガス排出を5%下げることができたのに、道路交通のほうはその排出量を26%も増大させた。

 このような傾向にブレーキをかけるために、EUは今年に入って2012年までに新車の1走行キロ・排出二酸化炭素を120グラム以下に規制しようとした。この排出量は1リットルで二〇キロ走らなければ達成できないので、高速性を売り物にするベンツ、BMW、ポルシェといった独企業に不利になる。そこでドイツは挙国一致で抵抗し、規制を130グラムまでゆるめさせることに成功し、第一ラウンドは自動車ロビーの判定勝ち。

 キュナスト議員の挑発的発言だけでない。今年度初頭に西南ドイツの大学都市チュービンゲンの市長に就任したボリス・パルマーさんはハイブリッドカーのトヨタ・プリウスを公用車に選んで話題をよんだ。ドイツの市長さんのなかにまねする人がでている。またドイツ政府閣僚の公用車の炭酸ガス排出量リストが公表されるなどして、どの大臣が二酸化炭素を大量に排出するか一目瞭然になった。

 ドイツの環境派がこのようなに攻勢に転じているのは、自国の強力な自動車ロビーに対抗するためである。私にはおもしろい思われるのは、長年緑の党の政治家と話すたびに誰もが「環境」に対する関心が低いことを嘆いてばかりいたのが、この数ヶ月で世論の雰囲気がすっかり変わったことである。これにはいろいろな原因があるだろうが、最大の要因は、異常に長い秋の後冬をとびこして春になってしまったことで、この結果地球温暖化が多くの人々に現実として感じられるようになったからである。

 ■渋滞から生まれた技術

 このように欧州の環境派から絶賛されるハイブリッドカーであるが、ドイツでは今まであまり有名でなかった。アンケートによると知っているドライバーは4人に1人といわれる。またこの技術に対するドイツの自動車業界関係者、特に技術者の評価は昔から日本と異なる。

 日本のハイブリッドカーについて聞いたドイツ人が連想するのは日本の渋滞である。見渡す限り自動車ばかりの風景は彼らに映画やテレビニュースでお馴染みである。ガソリンエンジンと電気モーターの組み合わせのハイブリッドがその威力を発揮するのは低速での発進と停車を繰り返すこのような渋滞である。

 ドイツの町は自動車で走っているといつか町から出てしまい、その後隣の町に到着するまで畑や野原や森を延々と走らなければならない。このような国では低速で発進・停車を繰り返す状況は日本とくらべてはるかに少ない。このような自国の状況に慣れているドイツ人の眼には、日本の都市の渋滞は、一定空間内での自動車の数が超過して自動車に乗る意味が失われることになる。これは、政治サイドが自動車の市内乗り入れを制限するなどして解決するべきことであり、技術的な問題と認められないのではないのか。

 ハイブリッドが胡散臭く思われるのは、この技術が、本当は別の手段で(例えば政治的に)解決されるべき問題を技術的に解決してみせようとする点にある。これは技術万能主義であり、飽和した自動車市場で人工的に需要をうみだし、大衆の「マイカー願望」をネタに商売することにつながらないだろうか。とすると、ハイブリッドカーとは、このような目的のために、二つの既知の技術、ガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせた付け焼刃にすぎないことになる。

 現在自動車業界で技術的な解決に値する真の問題は、水素燃料を実用化することである。こう考える人にとってハイブリッド技術とは化石燃料時代の人工的延命以外の何ものでもない。今回、ドイツの技術関係者が緑の党キュナスト議員の「トヨタ賛歌」に反発したのはこのような理由からと思われる。

 ■ディーゼルカー

 我が家の近くに踏み切りがある。日本と異なり延々と閉まったままである。あくとそれまで待っていた自動車が走り出す。あるときから、踏み切りを渡りながら、すき焼きの、それも牛肉の脂身が鍋で溶けるときの匂いがすることに気がつく。近くにすき焼きをたべている家などないので、気のせいだと思われた。最近妻の説明で疑問が氷解。我が町にディーゼル車にナタネ油をつかっている人がいて、私の郷愁をさそったすき焼きの匂いはそのようなディーゼルエンジンに由来するという。

 この事情は、バイオガソリンが今後どのように展開するかわからないが、ディーゼルが(化石燃料時代の延命に役立つのでなく)エンジン環境運動の先頭に立つ可能性をしめす。こうであるのは、欧州市場でディーゼルを搭載した乗用車が普及しているからだ。私の知るかぎり、昔から普及していて、ディーゼルはガソリンエンジンとくらべて性能が落ちるとされたが、燃料の重油が安いことから経済的と見なされていた。

 日本でのディーゼルのイメージは排出される硫黄酸化物のために「公害車」扱いされているといわれる。またこのように日欧でイメージが異なるのは、日本へ来る中東原油に硫黄分がたくさん含まれているのに対して、欧州に供給される北海油田の原油には硫黄分があまり含まれていないことと関係があるかもしれない。

 1990年代に入ってディーゼルエンジンを改良することによって燃費をよくするだけでなく望ましくない排出物を大幅にへらすことができるようになる。例えば、昨年の「環境にやさしいカーベストテン」に登場したワーゲンの小型車はディーゼルカーで、燃費もハイブリッドカーとあまり変わらない。現在欧州には、新車乗用車に占めるディーゼルの割りあいが7割をこえる国も稀でない。

 このようなディーゼルの在り方こそ、(すでにふれた道路事情の相違とともに、)ドイツの自動車メーカーがハイブリッドに熱心にならなかった理由である。というのは、彼らは、ガソリン代が気になる所得層の人々は高価なハイブリッドカーより燃費が改善されたディーゼルのほうを選択すると見ているからである。

 ■ドイツの運転文化

 ここまでドイツの自動車業界や技術者がどのようにハイブリッドカーを見ているかについてしるした。自国メーカーのしていることを違った視点から見ることも、ときには必要と思われるからである。

 それではハイブリッドカーに乗っている普通のドイツ人ドライバーはどう思っているのか。そう思った途端私は困ってしまった。というのは私の周囲でハイブリッドカーに乗っている人がいないからである。でもやっと見つけることができて電話で話を聞く。その女性はミュンヘンの町から40キロ離れたところで暮らしていて、女優をしていてテレビドラマにも顔をだす。

 彼女は国道やアウトーバーンを走ることが多いドイツの平均的ドライバーで、一年前からトヨタ・プリウスに乗っていて、ハイブリッドカー絶賛者になった。それは燃費がいいだけの話ではなく、彼女はドライバーとしての自分の人格が変わったと語る。というのは、運手中(ディスプレーを見ることで)燃費にセンシブルになり、自分が以前に攻撃的な運転をしていたことがよくわかったそうである。

 彼女の感想から、ドイツの自動車メーカーは、日本とはかなり異なる運転文化にのっとって今まで事業展開してきたことがわかる。この運転文化は高速運転を最重要視して、町中でも時速60、70キロで走ることを当然とする。ドイツ人が速やかに前進しないと苛々するのも、この考え方の反映で、すぐ追い越したがり、よくいえばスポーティーな、悪くいえば「攻撃的」運転になる。だからこそ日本と異なって、オートマチックが普及しないで、そのようなクルマの乗っている人は障害者と思われるかもしれない。時速無制限のアウトーバーンはこの文化の象徴である。

 このような環境無視の「攻撃的」運転文化にあぐらをかいたまま、高速・高級車を開発してきたのがベンツ、BMW,ポルシャといったドイツメーカーである。昔は大衆車を製造していたメーカー(フォルクスワーゲン)も高級化路線を迎合して、経済的・社会的なクルマに力を入れなくなってしまったのではないのか。また冷戦終了後に極端な貧富の差が生まれた都市でBMWの7シリーズがどこよりもよく売れるとか、電気や水道も機能しなくなった国で独高級車販売のショールームが開設されたといった良からぬ話を耳にする。こんな環境意識の欠如したマフィア相手のビジネスは自慢できることでない。

 ドイツの自動車業界のハイブリッド批判に耳を傾ける点があるが、彼らの論拠はこの運転文化から生まれ、またそれに対して批判的でない。日本の渋滞道路で生まれたハイブリッド技術が、このようなドイツメーカーに反省を迫るとすれば、私にとってこれほど小気味好いことはない。

 美濃口さんにメールは Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de

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