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恩恵の枢軸に対するグランドストラテジーを

2006年12月29日(金)
Nakano Associates シンクタンカー 中野 有
 ワシントンでは、クリスマス前に桜が咲くという異常な地球環境問題が起こっている。そこで、京都議定書に反対してきたブッシュ大統領が、来月の一般教書演説では、地球環境問題を取り上げるとの観測が流れている。イラク戦争の苦境をごまかすために「グリーン」なイメージを強調するとも考えられる。ブッシュ大統領がテキサス州の知事の時に、風力発電を推進し、テキサスが風力の分野で全米一になっているのも事実だから、こんな戦略でブッシュ大統領は残された2年の任期をこなす可能性もあろう。

 超党派で構成されたベーカー・ハミルトンのイラク戦争の「魔法の公式」がブッシュ政権を混乱させ、ブッシュ大統領はクリスマス休暇を満喫することができないのであろうか。本当に米国は、イラクシンドロームに陥っているのだろうか。

 ウッドロー・ウィルソンセンターで開催された「ソビエト崩壊から15年の回顧」というシンポジウムに出席し、如何に5万発の核兵器が対峙する冷戦が深刻であったかを考えさせられた。当時の米国の駐モスクワ大使、レニングラードの総領事、CIA、ロシア専門家の講演から、共産主義封じ込め政策を描いたジョージ・ケナン、NSC68を描いたポール・ニッツがロシアの拡張戦略を分析し、冷戦時代の歴代大統領が忠実に対ソ戦略を実践したかを学ぶことができた。とりわけレーガン元大統領の葬儀でサッチャー元英国首相が語った「一発の弾丸も使用せず冷戦の勝利を導いたレーガン大統領の功績」には、今更ながら神業であったと考えられる。

 そのような核の抑止力で勢力が均衡された冷戦の危機と比較すると、現在のイラク戦争やテロ戦争は、それ程、深刻とは感ぜられない。

 ベーカー・ハミルトンのイラク研究グループの報告書で指摘されているようにイラク内部のシーア派とスンニ派と同じイスラム教の内部分裂がイラク戦争の解決を不可能にしている。とすると、どうしてシーアとスンニが双方のモスクを攻撃しイスラム同士の戦いをエスカレートさせるのだろうか。

 そもそも二つの分裂は、632年に預言者モハメッドの死去に伴う後継者争いに端を発する。スンニ派は、モハメッドのアドバイザーを後継者とし教義の継承を重んじ、シーア派は、血縁を重視した。656年には、シーア派がスンニ派の継承者を暗殺し、その報復としてスンニ派が継承者アリの息子を暗殺する事件が起こっている。

 このような不幸な歴史はあるが、1400年もの大昔のことが対立の緒を引くのだろうか。百年以上も前に出版された岡倉天心の「東洋の目覚め」の中に以下の興味深い文章を見つけた。

「ヨーロッパの政策は、支配するために分裂させることをけっして忘れない。彼らは、スンニ派(回教の正統派)とシーア派(分離派)が敵対しあい、スルタン(オスマントルコの皇帝の称号)とシャー(イラン王の称号)が国境紛争と対立的外交にまきこまれるように、つねに気をくばってきたし、日本と中国の戦争をあおりた
てることには、なみなみならぬ熱意を示している」。

 米国の専門家からは、シーアとスンニの紛争をダーウィンの自然淘汰と適者生存の進化論として、イラクにおいては、イラクの65%のシーア派が20%のスンニ派を打破するだろうし、加えて、イスラム諸国全体の8割は、スンニ派だから、両者の対立がアラブ全体に拡大した場合、スンニ派が制するとの見方も聞かれる。

 ふと9.11の流れで始まったテロ戦争、アフガン戦争、イラク戦争を振り返ると、「漁夫の利」を得ているのは、どの国だろうかと考察してみると、ロシア、中国、イスラエル、北朝鮮のような気がしてならない。ロシアは、イラク戦争で石油高騰、イランへの影響力の強化、そして米国の一極支配を拡散するとの恩恵を受けている。中国は、米国が中東に集中することでアフリカ諸国、南米諸国との米外交の真空をうまく利用し中国の資源外交を活発化させている。イスラエルは、単純にアラブの分断により700万人のイスラエルが、3億5千万人のアラブ諸国との対立を緩和するのに役立っている。北朝鮮は、米国の外交の真空をうまく利用し、核実験を実施し、6者協議では、小国ながら有利に外交をこなしているように映る。とりわけ、米国のイラク戦争の失策により恩恵を受けているロシア、中国、北朝鮮は、「恩恵の枢軸」と考察される。

 冷戦が第3次世界大戦であるとのすると第4次世界大戦は、米国とイスラエル連合が、イスラムのファシズムとの戦いになるとの予測も聞かれる。本来、米国を支持するはずのヨーロッパは、トルコなどイスラムの影響が増しユーラビアン(Eurabian)となり、戦争の傍観者となる可能性もある。中東を舞台とするキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の衝突は、相対的にロシア、中国、インドの勢力を増強することとなろう。

このような再び米国とロシア・中国の冷戦の対峙を彷彿させるシナリオが予測される中、ベストのシナリオは存在するのであろうか。

 二度の世界大戦を経て生み出されたのが集団的安全保障を構築する国連である。第一次世界大戦後の国際連盟では、米国の孤立主義でファシズムの勢力を勢いづけ、勢力の均衡が崩れ第二次世界大戦に繋がった。戦後の冷戦においては、米国の戦略の成功が平和を醸成した。ポスト冷戦のテロ戦争、アフガンのタリバン、イランのシーア、イラクのスンニなどの戦いは、米国の覇権主義の修正を導き出している。

 米軍がイラクから徐々に撤退することで、恐らくNATOの関与や国連の関与、そして、イラクの勢力を均衡するためにサウジを中心とするアラブ諸国の干渉も考えられる。これらの勢力が関与した場合、内戦から地域戦争に拡大する可能性、或いは、勢力の調和により紛争が解決する潜在性も増す。米国のグランドストラテジーは、テロの戦争、イラク、アフガンの問題のみならず、ロシア、中国、北朝鮮の「恩恵の枢軸」に対応しなければういけない。勢力の調和(concert of power)、勢力の共同体(community of power)が重要な安全保障戦略になると読む。これを実践するのは、44代米大統領のHe or Sheになるだろう。

 中野さんにメール nakanoassociate@yahoo.co.jp

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