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イラク研究グループ報告書

2006年12月13日(水)
Nakano Associates シンクタンカー 中野 有
 イラク問題を解決する魔法の公式はない(There is no magic formula to solve the problems of Iraq)で始まる「イラク研究グループの報告書」142ページ、79項目の提案・勧告が発表された。上院の軍事委員会(Armed service Committee)で、ベーカー・ハミルトンイラク研究グループの両議長の証言を聴き、報告書を考察してみたい。

 レーガン大統領、ブッシュ大統領の共和党政権で財務長官と国務長官を経験したベーカー氏と民主党の下院議員として34年の経験を持つハミルトン氏を筆頭に共和党5名、民主党5名の老練な賢者と44人の外交専門家、並びにブッシュ大統領、アル・マリキイラク首相、クリントン元大統領、キッシンジャー元国務長官、パウエル元国務長官、トーマス・フリードマン(ニューヨークタイムズ)なども参加し、9カ月の歳月をかけ作成されたのがこの報告書である。

 米国はフセイン政権を打倒し、選挙を実施、憲法草案、イラクの新政府樹立に協力した。しかし、2900名の米軍の犠牲と4000億ドル(48兆円)の出費にも拘らず、8割のイラク人が米国の影響力を否定的に考えている。この泥沼の状況が継続すれば米国の出費は最終的には2兆ドル(240兆円)に上ると予測される。

 ■宗派の分断

 不安定要因の本質は、スンニ派の暴徒とシーア派の市民軍の内乱にある。加えて、人口の半数以上を占めるシーア派が1300年ぶりにイラク政府を支配する構図となったが、シーア派、スンニ派の内部分裂も起こっている。

 シーア派は、アル・シスタニ(Al-Sistani)、アル・サダー(Al-Sadr)、アル・ハキム(Al-Hakim)の3大勢力に分かれている。米国はイラク政府と交渉を行なうが、アル・シスタニとアル・サダーと直接対話ができない。アル・シスタニは、最も影響力のあるイラクの指導者であり、シーア連合を推進している。アル・ハキムは、南部を中心にシーア派の自治区の構築を目指しており、イランと密接な関係にある。アル・サダーは、マリキ政権と連携し、厚生、農業、輸送分野の政府の地位を確保すると同時に、市民軍を備えている。
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 スンニ派は、アル・ハシミ(Al-Hashimi)とアル・ダーリ(Al-Dhari)の2大勢力に分かれている。アル・ハシミは、自治区の形成に反対し、石油歳入を人口比で分配することを唱えている。アル・ダーリは、米軍の占領とイラク政府に反対している。

 クルドの政治勢力は、バルザニ(Barzani)と、タラバニ(Talabani)に分かれているが、クルドの独立に向け協力体制にある。

 テロ組織アルカイダはスンニ派であり、イラクのスンニ派の暴徒と結びつき、シーア派は米軍と協力しながらスンニ派の暴徒とアルカイダの勢力に対抗している。

 ■石油

 イラクの油田は、シーアが勢力を持つ南部とクルドが占める北部に集中しており、石油歳入の分配に不満を持つスンニの勢力が暴動を引き起こしている。イラク政府の歳入の95%は日量220万バーレルの石油で賄われている。日量50万バーレルは、闇市場に流れており、その収入が暴徒の資金源になっていると考えられている。シーア、スンニ、クルドの人口比にあわせた石油歳入の平等な分配が重要であるが、その実現は難しい。

 ■復興支援

 米国は340億ドルの復興支援を充当している。支援は、大型社会資本整備から地域社会への小規模なベンチャービジネスに移る傾向にある。反米のアル・サダーの勢力が社会資本整備に影響力があることが、米国の復興支援を複雑にしている。米国を除く国際社会の復興支援は、135億ドルが割り当てられているが実績は40億ドル程度である。

 ■周辺諸国

 イランは、イラクのシーア勢力と結びつき、武器、資金の提供と軍事訓練を行なっている。

 シリアは、イラクのバース党の勢力の避難地となっている。24年振りにイラクと外交関係の復活に同意した。

 サウジアラビアと湾岸諸国は、イラク政府との協力に消極的である。同じスンニ派への資金協力は、民間レベルで行なわれている。イラクのシーア勢力がサウジアラビア等に影響した場合、サウジアラビア等のイラクへの関与が進むと考えられる。

 トルコのイラク政策は、クルドのナショナリズムの高揚を抑えることにある。

 ヨルダンとエジプトは、イラク政府並びに米国のイラク政策に協力している。両国ともイラクのスンニ勢力に同情的である。ヨルダンは70万人のイラクの難民を受け入れている。

 国際機関の貢献は限定的なものであるが、国際NGOが宗派を超え重要な役割を演じている。

 ■悪化するイラク情勢

 イラクのスンニとシーアの衝突がアラブ全体に拡大する可能性がある。宗派間のパンドラの箱が開かれることで、イラク、アラブ全体の不安定要因が増すのみならず、イラクがアルカイダ等のテロの温床となり、テロがフランチャイズのように世界に広がっていくことが考えられる。安全保障面のみならず、経済面でも石油の上昇、グローバル経済に悪影響が出るだろう。

 米国内部もイラク問題で分裂現象が出ている。米国がイラク問題で滞ることによりアフガニスタン、北朝鮮問題への影響も出ると考えられる。

 このような差し迫った問題を解決するために、前向きな地域と国際的協力を得た包括的な戦略が求められている。

 上院軍事委員会でヒラリー・クリントン上院議員により、議会と行政府の連携の観点から、イラク研究グループもよいがイラク結果(決定)グループ(Iraq result Group)の設立が大統領の行政機関に必要との意見があった。

 79項目の提案・勧告
  
1.包括的積極外交
2.周辺地域との協力(! B
3.イスラム会議やアラブ同盟との会合
4.イラク国際支援グループによる包括的積極外交
5.イランとシリアの参加並びにエジプト、湾岸諸国、国連、ドイツ、日本、韓国の参加
6.外務大臣レベルの二国間並びに多国間外交
7.国連事務総長の協力と国連の特別特使
8.イラク周辺諸国の特別な関心、展望、貢献
9.イランとシリアへの直接関与
10. イランの核問題
11. イランの協力
12. シリアの協力
13. イスラエル・パレスチナ問題
14. 米国・ロシア・EU、国連のカルテットによるイスラエルとパレスチナ問題
15. シリアとの交渉を通じたハマスとヘズボラ問題
16. シリアの平和交渉の交換条件としてイスラエルによるゴラン高原の返還
17. パレスチナ問題
18. アフガニスタンへの政治、経済、軍事支援
19. イラク指導者への継続的支援
20. イラクの国家的和解の進展が見られた場合の米国の支援強化
21. イラクの進展が見られない場合の米国支援の縮小
22. 永続的米軍軍事基地の否定
23. 米国はイラクの石油支配を求めない
24. 2007年前半の重要な目標設定
25. 目標達成への米国とイラク政府との緊密な協議
26. イラク憲法の再検討と国連の関与
27. バース政党の解体と政治的調和
28. 人口配分による石油歳入の分配
29. 地方選挙の実施
30. 国際調停によるキルクーク問題の解決
31. 敵への恩赦
32. 女性、少数民族の権利
33. 市民社会、非政府組織
34. 反乱軍、市民軍との対話を通じた米軍の駐留
35. 国連を通じたアルカイダを除く市民軍や反乱軍との対話
36. 宗派間のコミュニティーの対話を推進
37. イラク恩赦提案はワシントンによって無効にされてはいけない
38. イラク政府への助言者としての中立的な国際専門家を支持
39. &n! bsp; 市民軍の軍備縮小のための専門家への資金・技術的協力
40. 米軍の大規模な無期限の約束を行なうべきでない
41. &n! bsp; イラク政府の行動を抵当とせず米国の再配置を実行
42. 2008年の春までに軍事訓練と整備の任務を完了
43. 軍事目的の優先を軍事訓練、整備、助言、テロ対応に変更
44. 米国の最高レベルの高官と軍人の任命
45. より高度な軍事整備を提供
46. 米国防長官は文民と軍人の良好な関係を構築
47. ペンタゴンは軍事訓練と教育プログラムを強化
48. 軍事装備の修復への資金
49. イラクの安定と復興への資金提供
50. イラク国家警官隊をイラク国防省の新イラク軍に
51. イラク国境警備隊を国防省に移管
52. イラク警察の犯罪調査の権限を強化
53. イラク内務省の組織転換
54. イラク内務省の身分証明、登録等の活動
55. 米国国防省によるイラク警察やイラク国境警備隊への軍事訓練
56. 米国司法省によるイラク内務省の警察隊への訓練
57. 指導教官
58. FBIの関与
59. イラク政府による通信手段等向上の資金提供
60. 米国司法省によるイラク内務省の指導
61. 裁判、司法等
62. 石油部門への短期的技術的支援、石油インフラの警備等
63. 石油産業の発展のための長期的支援、投資等
64. 米国の経済的支援を年間50億ドルに
65. 国際的レベルによる復興支援
66. 国連難民援助機関や人道援助機関への資金提供
67. イラク経済復興支援上級アドバイザー
68. イラク政府との効率的な協力が見られない場合の資金廃止の権限
69. イラク復興特別検査官
70. より柔軟性のある安全確保のための行政機関間の効率的な協力
71. 米国の資金に加え国際的供与とイラクの参加を合併させる公共事業機関
72. イラク戦争のコストを議会を通じた年間予算とし $F:F8!F$
73. イラクへの任命にあたり言語と文化の訓練
74. 民間ボランティアと民間機関
75. イラク、アフガニスタンの複雑な状況に対応するための省を超えた協力体制
76. 伝統的な大使館の活動に加え外交サービス保留部隊の創設
77. イラクの脅威と暴動の源を把握するための幅広い分析
78. より正確なデータと全体像の提供
79. CIAによるテロ防止諜報機関の設立

 中野さんにメール nakanoassociate@yahoo.co.jp

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