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安心して産める場所が消えている

2006年01月30日(月)
長野県南相木村診療所長 色平(いろひら)哲郎
「お産」は、女性にとって大変な経験でしょう。

うちの三人の子どもたちは、私が勤務する佐久総合病院や、ちかくの病院で生まれていますが、次男が生まれた病院は院長の引退とともに廃院となりました。

女性が「安心して赤ちゃんを産める場所」が、どんどん少なくなっています。

厚生労働省の調べでは、04年末の時点で全国の病院・診療所の産婦人科医と産科医の人数は1万1282人。その2年前と比べると、医師の総数は7000人ちかくも増えているのですが、産婦人科・産科医は4%減っています。

日本婦人科医会の調べでは、02〜04年に100箇所の病院と、200施設以上の診療所が、出産のお世話をしなくなりました。産科がどんどん減っています。

その理由は、まず「少子化」があげられます。赤ちゃんの数そのものが少なくなっているので病院が経営的に産科を維持できないのです。

昨年、日本の人口は史上初めて減少に転じました。ひとりの女性が産むとされる子どもの数(合計特殊出生率)は「1.29」まで減りました。
1971年の「2.16」からほぼ四割の減少です。長期的に人口を維持するのに必要な「2.07」を大幅に下回っています。

子どもは女性ひとりでつくるわけではありません。男女ふたりで一人の子どもしかつくらない状況なのですから、当然、人口は減るのです。

少子化の原因はさまざまな要素が入り組んでいますが、仕事を持つ女性が出産・育児に踏み切れないことが大きいのでしょう。男性が子育てを手伝わず、負担が女性にばかりかかるので、出産をためらう。お産で休職したら経済的にもピンチ。晩婚化、未婚化が進む。

02年現在の「日本の将来推計人口」によれば、20歳前後の女性の六人に一人は生涯結婚をせず、三割以上が子どもをもたないのではないかと推定されています。これは人類史上、例のない社会です。

現在、日本の15歳未満の子どもの数は全人口の14.4%。先進諸国で最も低いレベルになっています。ちなみに中国はその割合が23.9%、米国21.4%、ドイツは15.8%です。

少子化は社会全体に深刻で複雑な影響を及ぼします。

たとえば少子化が進むと働く人が減るので、医療や福祉を支える保険のしくみがこわれてしまう恐れがあります。いや、そういう制度の問題ばかりでなく、社会全体からエネルギーが失われてしまうでしょう。世代が受け継がれてこそ、人間は社会を作れるのです。

厚生労働省は、少子化に歯止めをかけようと、男性を含めた働き方の見直しや保育サービスの充実、地域の子育て支援ネットワークづくりなど、さまざまな手を打とうとしていますが、かんじんの産科が減っては、ただでさえお産をためらう女性たちが、さらに出産から遠ざかってしまうでしょう。

信濃毎日新聞(05年1月3日付け)は、東京から自然が豊かな長野県に移住してきた女性が「開業医でゆったりと産みたい」と思っていたのにその診療所から産科が消え、市立病院で出産することになった話を伝えています。

「(市立病院に)通ってみると、以前より妊婦が多い。月に一度の妊婦検診を午前十時に予約しても、緊急の手術で外来が止まり、診察が終わったのは午後二時だったこともある。預け先のない二歳の長男を連れて、病院で長時間待つのはつらい」

この女性が生活している飯田下伊那地域では、この開業医に加えて病院ふたつが分娩のお世話をやめてしまいました。これら三つの医療機関でとりあげられていた赤ん坊の数は、同地域の約45%にも及んでいました。それがいきなりストップしたわけですから、残された市立病院などに妊婦さんが殺到するわけです。記事は女性の声を載せています。

「核家族化が進み、子どもを預けられない家庭や、親を頼れない人など事情がある。自分の望む場所、スタイルで産むことができないのは悲しい」 

安心して産める場が消えている、もうひとつの理由は、産科医のなり手が少なくなっているからです。飯田下伊那地域のように病院の産科が減ると、残されたところに大きなプレッシャーがかかります。長時間待たされる妊婦さんも大変ですが、そのお世話をする産科医たちも同じように過酷な労働にさらされます。

少ない産科医が大勢の妊婦さんを診ます。勤務時間は不規則です。夜中の分娩は珍しくありません。さらに、これも少子化の影響かもしれませんが、親は少ない子どもをできるだけ「大切に育てたい」と思います。その思いからか、妊娠満22週から生後満7日未満までの「周産期」に赤ちゃんの命にかかわるような事態が起きたとき、医療ミスを訴える裁判にもちこまれるケースが増えているのです。

周産期は、突発的な緊急事態が起きることもあり、疲れきっている産科医に負担がかかります。子どもを思う気持ちが、手の施しようのなかったケースでも「責任をとれ」と迫ってきます。

こうした厳しい条件から産科を選ぶ医学生もまた減っているのです。

少子化の流れは、安心して産める場所を減らす。さらに少子化が進む。この悪循環をなんとかして断てないものでしょうか。

女性が、安心して赤ちゃんを産めるような社会にするには、何からどう手を付けていけばいいか。皆で、しっかり話し合い、ルールをつくっていかなければならないでしょう。

 色平さんにメール mailto:DZR06160@nifty.ne.jp

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