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外交・安全保障をビジュアルに展望する

2005年06月18日(土)
アメリカン大学客員研究員 中野 有
 マンガのソフトパワー

 初夏の英国を旅した時、街の本屋を覗いてみた。ベストセラーの新刊と並び、そこに英訳された日本のマンガが、かなりのスペースを占めていた。英語でマンガを読むと、短縮されたフレーズがまるで詩のような響きで伝わってくる。文章を読むより、確実に内容がイメージとして記憶される。このマンガのソフトパワーを、外交や安全保障に応用できないものか。

 アメリカのディズニーなどのアニメやマンガは、アメリカのソフトパワーとして歴史の浅いアメリカのマイナス面を埋め、アメリカのイメージ向上に貢献した。ミッキーマウスなどのキャラクターは、音楽のように言葉の壁を超えた世界の共有財産である。国やナショナリズムを超越したマンガやアニメを通じ、日本の周辺諸国との歴史認識の相違を是正させる名案が存在していると考えられる。

 こんな単純な想いをモスクワやワシントンで会議に出席しながら、北東アジア諸国や米国の政府関係者や専門家に、日本のマンガのソフトパワーの効用について問いかけてみた。ロビー外交でなく、マンガ外交である。この発想は、北東アジアの専門家の中で、面白いほど好評だった。

 日中韓の歴史教科書

 中国に訪れた時に、テレビを見ると日本ではありえないような暴虐的な日本兵の姿が描かれたドラマが多いことに驚き、中国は意図的に戦前の日本の軍国主義を国民に蔓延させているように感じた。でも、中国の歴史教科書がどのように日本を描いているかについては、知らない。きっと、多くの日本人は中国や韓国の歴史教科書がどのように日本を描いているかを知らずにいる。中国や韓国の専門家から、自国の歴史教科書にどのように日本が描かれているかについて聞いても、教科書を真剣に読んでいないので覚えていないとの答えが多い。

 言葉の壁のみならず、近くて遠い中国、韓国の歴史教科書を読むのは簡単でない。中国が描く中国の歴史、韓国が描く韓国の歴史が自国中心であって当然である。中国や韓国が描く日本の歴史、特に満州国を建設した日本への歴史観は、日本の視点と大きく異なっていても驚くに値しない。

 マンガで日中韓の壁を破る

 このギャップを埋める方法はある。日中韓の3カ国の歴史教科書に則ったマンガを、それぞれの言語と英語で、しかも分かり易くビジュアルに、そして客観的に描くことにより少しでも日中韓の相違点を認識できると考える。そして、アジアの一角の歴史観を世界全体の歴史観の中で展望することにより、同じ蒙古斑を持つアジアの共通項やアジアの意思を認識できるように思われてならない。マンガというソフトパワーを通じてそれは可能であり、何といってもマンガやアニメに接する世界の層は圧倒的に多い。特に新しい世代の潮流が、北東アジアの曖昧な歴史観を払拭すると考えられる。

 漫画家の里中満智子さんが、ワシントンのセミナーでマンガのソフトパワーに関する講演をされた。外交・安全保障と同列にこのマンガのソフトパワーが話し合われたのだが会場が沸くほど里中さんの講演にはインパクトがあった。漫画家は、映画に例えるなら監督、プロデューサー、脚本などのすべてを一人でこなすことができる職業であると述べておられた。映画の制作ならかなりの資金が必要でも、マンガの制作は、少ない資金で、乗数効果のある仕事ができるそうである。マンガのソフトパワーは、日中韓の難解な歴史問題を解きほぐす可能性を秘めていると考えていた時だけに、里中さんの講演に惹きつけられた。

 外交・安全保障をビジュアルに描く

 いささかマンガのソフトパワーの本題から逸れるが、複雑な問題を大局的にビジュアル化することによる効用に触れてみたい。外交・安全保障は、難解である。国や世界の命運に係わることなので、当然、明確なビジョンは容易に生みだされない。自国の利益を追求すればするほど複雑な要素が絡み、現状維持へと守りの姿勢に入ってしまう。多くのシンクタンクの研究員は、現状分析すれば現状を打開することが困難だとの結論に達することが多いと嘆いている。そのようなジレンマを打開する手法として、当事者から直接話を聞くことと、複雑な要素を大局的に考えることが重要である。

 ワシントンに滞在しながら、国務省やホワイトハウスのみならず安全保障関係者を通じ、少しは米国の中枢の本音?に踏み込むことができたと思っている。ワシントンに入る前にも、安全保障のイメージを描いていた。概して、4つの安全保障の形態で国際情勢が眺望できると考えていた。それを確証するためにブルッキングス研究所等に乗り込んだといっても過言でない。

 その4つとは、覇権安定型、勢力均衡型、軍事に主眼をおく集団的安全保障、そして経済協力とソフトパワーを活用する協調的安全保障。未だ冷戦構造が意図的に残る北東アジアは、勢力均衡型であり、米中の駆け引きで、ミサイル防衛を中心とする集団的安全保障に向かうか、経済協力に重点をおく協調的安全保障に向かうか、或いは、その両方を程良く追求するのか。

 日米関係では、日本のミサイル防衛予算が約1兆円ついたことを考えれば集団的安全保障に傾いているように映る。同時に、ライス長官が唱えるように日米戦略的開発同盟を強化、すなわち軍事の安全保障とコインの裏表の関係にあるソフトパワーを通じた安全保障も重要であることが理解できる。ヨーロッパにおける軍事の安全保障は、NATOであり、経済の安全保障はEUである。北東アジアにおいては、中国、ロシア、北朝鮮に対峙し、米国、日本、韓国の存在がある。これらがどのように統合されるのか。それはハードパワーかソフトパワーか、その両方で実現されるのか。

 北朝鮮問題の大局的な動向として、4つのシナリオで説明できる。非軍事による平和的解決であるソフトランディング、軍事によるハードランディング、ステータスクオ(現状維持)、そして核武装の朝鮮半島。安全保障の形態も朝鮮半島の4つのシナリオも実に単純明快で説明できると思う。しかし、難解な専門書に集中し、複雑な思考を行うことで、考えが漂流してしまい、興味を失うのが常である。外交・安全保障、世界観、歴史観などの大きな輪郭をビジュアルに観察することが大切である。

 とりわけ、戦後60年といわれるが、60という数字には、1時間は60分であり、60歳の還暦のように特別な意味があるように思う。この重要な時期に市民が主役となり歴史観と世界観を養い、アジア、世界の中の日本のあり方を諦観することが重要である。マンガのソフトパワーの効用を通じ、日中韓の複雑な歴史、そして地政学を学ぶことにより近隣諸国とのぎくしゃくした関係が少しは解消されると思われる。さらに、マンガやアニメの人気は世界的であり、世界が日中韓の複雑な現状を理解することにより、グローバルな視点でアジア観が語られることになる。結果として北東アジアの結束につながると考えられる。

 このような考えをブルッキングス研究所の韓国の研究員に伝えた。偶然にも、「冬のソナタ」の監督であるユン・ソクホ氏は、彼の高校時代に一緒にギターを弾いていた親友だという。韓国の研究員と軍事のハードパワーや竹島問題でなく、韓流やマンガのソフトパワーについて意見交換すると、日韓に共通する情緒的感性が湧き出てとめどもなく話が弾むのである。

 韓国のドラマのソフトパワーと日本のマンガやアニメのソフトパワーを通じたドラマや映画が製作され、互恵の感性が醸成されることで、歴史問題や日本海のとげとげしい領土問題を緩和させるきっかけになると考えられる。ハードパワーの脅威で封じ込めるのでなく、ソフトパワーを活かし、核の脅威が伴う北朝鮮問題を解決することが日本の知恵・アジアの知恵であると信じたい。

 中野さんにメールは mailto:tomokontomoko@msn.com

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