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東アジア共同体という危険な誘惑
2004年12月15日(水)
萬晩報通信員 園田 義明
■古森節の攻撃対象
思想面も含めて毎日から産経へと転向したという意味から、これまで古森義久をネオコンと呼んできたが、その広報係としての古森節はますます絶好調になってきた。もはや古森を通じて米国の戦略が手に取るように理解できるという面で貴重な存在と言える。
古森は12月4日付け産経新聞朝刊で『「東アジア共同体」への疑問』と題する記事を掲載し、東アジア共同体構想がマルクスの「共産党宣言」を連想させる妖怪とした上で、米側学者らが指摘する米国排除論の危険性などを紹介しながら、日米同盟との関連、尖閣諸島の領有権問題、靖国問題などに見られる反日感情などから、明確に疑問を投げかけている。
続けて古森は12月9日付け朝刊の『東アジア共同体構想、米排除なら安保に有害』にて、フランシス・フクヤマのコメントを引用しながら東アジア共同体バッシングを強めた。このフクヤマのコメントは「東アジア諸国が東アジアだけで米国を排除し、安保面をも含む地域機構をつくろうとするのなら、アジアの安保には有害だといえる。とくに中国はこの種の構想で経済だけを強調し、安保面をも含む拡張主義の刃(やいば)を隠している」とするものである。
古森が攻撃対象としている東アジア共同体は実体として存在している。トヨタ、松下電器、三井物産、三菱商事などによって財政的に支えられた政官財の有力者が集う「東アジア共同体評議会」(会長、中曽根康弘)である。そして東アジア共同体評議会側もそのことを十分に認識しており、12月10日にはそのホームページに古森記事を掲載したのである。
中国政策をめぐって、古森の反共原理主義とグローバリスト主体の東アジア共同体評議会による市場原理主義とが衝突をしているかのように見えてくる。
しかし、コンドリーザ・ライス新国務長官誕生によって、すでに古森がつながるネオコンの教条的な攻撃性はダーティー・トリックを含めた実行機関として利用される存在となっている。
ネオコンの背後にいる本丸としてのリアリスト集団の最重要課題はこれまで再三指摘してきたように対中政策である。従って日本国内におけるふたつの原理主義の論戦も北京オリンピックと米大統領選が同時に行われる2008年に向けた前哨戦に過ぎない。
■米国の戦略的ライバルとしての中国
『北京との経済交流を支持する議論が存在するが、一方で、この国はいまもアジア太平洋地域の安定を脅かす潜在的脅威である。現在のところ、中国の軍事力は米国とは比べものにならないが、このような状態が永遠に続くとは限らない。明らかなのは、中国は台湾と南シナ海地域で、未解決の国益に関わる問題を抱えている大国だということだ。中国はアジア太平洋地域における米国の役割を嫌っている。要するに中国は、「現状維持(status quo)」に甘んじることなく、中国に有利になるようにアジアのバランス・オブ・パワー(勢力均衡)を変革しようと狙っているパワーなのだ。この点だけを見ても、中国はクリントン政権がかつて呼んだような「戦略的パートナー」ではなく、戦略的ライバルだということがわかる。』
『米国の対中政策には繊細さとバランスが必要だろう。経済的交流を通じて中国国内の変化を促進する一方で、中国のパワーと安全保障上の野心を封じ込めることが必要になる。米国は中国と協調を試みるべきだが、国益がぶつかり合ったときには、北京と敢然と立ち向かうことも辞さない態度が必要である。』
▼原文
Campaign 2000: Promoting the National Interest
http://www.foreignaffairs.org/20000101faessay5/condoleezza-rice/
campaign-2000-promoting-the-national-interest.html?mode=print
(翻訳は『ネオコンとアメリカ帝国の幻想−フォーリン・アフェアーズ・ジャパン』にある「国益に基づく国際主義を模索せよ」(P241〜268)より、一部筆者により修正。)
「北京と敢然と立ち向かうことも辞さない態度が必要である。」と言いきるこの論文の執筆者はパウエルの後任として国務長官に就任するコンドリーザ・ライスである。ライスはネオコンではない。ネオコンすらも恐れる米国屈指の戦略家である。典型的なリアリストであり、しかもこの論文からオフェンシブ・リアリズム(攻撃的現実主義)の立場をとっていることがわかる。
国際関係論におけるネオ・リアリズムは、国際社会を無政府状態(アナーキー)であるとの前提を同じくしながら、国家をバランス維持につとめる防御的な存在とするケネス・N・ウォルツらのディフェンシブ・リアリズムに対して、国家を世界的なパワー・シェアの極大化を目指す攻撃的な存在とするジョン・ミアシャイマーらのオフェンシブ・リアリズムなどがある。そして、このミアシャイマーが「米国と中国は敵同士となる運命である」と明確に言い放っている。
この点でライス論文はミアシャイマー理論と驚くほど一致している。さらに過去の事例から、ミアシャイマーはライバルがバランス・オブ・パワーを崩そうとした場合の具体的な戦略として「ブラックメール(blackmail=恐喝)」と「戦争(war)」をあげ、危険なライバルに直面した時にバランス・オブ・パワーを保つために使う戦略として、「バランシング(balancing」と「バック・パッシング(buck-passing=責任転嫁)」を取り上げている。
「バランシング」とは自国単独もしくは他国と協力しながらライバルに対する勢力均衡を維持しつつ、その力を封じ込め、必要とあれば戦争をして相手を負かすことであり、「バック・パッシング」は大国が脅威を与えてくる相手国に対して、他国に対峙させ、時には打ち負かす仕事をやらせることである。そして双方が消耗しきった時に大国の出番となる。他にライバルに追随、従属するバンドワゴニング(bandwagoning)もあげられる。
なお、このネオ・リアリズムに属するウォルツやミアシャイマーが中東における軍事バランス崩壊の観点から、イラク戦争に関して明確に反対し、2003年2月に行われた外交問題評議会(CFR)でネオコンと大激論を繰り広げ、ネオコンが惨敗を喫したことは友人であるコバケン氏論文「リアリストたちの反乱」に詳しい。理論で負け、実戦でも予想以上の苦境に陥る現状にあって、ブッシュ政権内の主導権がネオコンからライス国務長官のオフェンシブ・リアリストへと移ったのは当然の結果である。
ただし、ライスがアカデミック界からビジネス界に転身し、国益に直結するシェブロン(石油)、 J・P・モルガン(金融)、チャールズ・シュワブ(金融)などで実践を積んでおり、その意味ではビジネス・リアリストとアカデミック的なオフェンシブ・リアリストを併せ持つ。このことから、同類のチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官と強固に結びつく可能性が高いことを認識しておく必要がある。
■日本が担う大役とは
日本は戦後、憲法9条を盾に安全保障を米国に依存する「バック・パッシング」を採ってきたが、米軍の変革・再編(トランスフォーメーション)における陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間(神奈川県)への移転や横田の第五空軍司令部の第十三空軍司令部(グアム)への移転・統合などを見る限り、ブッシュ政権は対中戦略に際して、日本の「バック・パッシング」を封じつつ、日本を中国にぶつける「カウンター・バック・パッシング」をシナリオに組み入れたと判断すべきであろう。
万が一の対中戦争に突入した場合を想定して、キャンプ座間などは戦禍をとどめておくための前線基地として位置付けているのである。従って、その時が来たら真っ先に狙われることになる。また、同時に中国の民主化以後を睨んだ米国のビジネス的な思惑も十分に計算されている。
フォーリン・アフェアーズ誌編集長であるジェームズ・ホーグの論文『グローバル・パワーシフト』では、「進行中の経済及び人口統計学的な問題を抱える日本は、アジアにおける新たなパワー再編の中心にはなりえない。その役目を担うのは中国、そして最終的にはインドになる。」と分析している。日本の将来の問題が、経済はもとより人口問題にあると指摘する識者はピーター・ピーターソンを含めて数多くいる。この問題こそが日本の政治家が最優先に取り組むべきだが、手つかずのまま放置されていることにすでに日本の限界が見出せる。
こうした日本の将来性に関する悲観論が米国識者の間で語られ、民主化後の中国を分割弱体化させ、米国の新たなパートナー兼市場として迎え入れたいとする勢力が存在する以上、米国が直接中国と対立するとは考えにくい。従って、その大役を日本にやらせようとしているのである。
対中政策において米国の手元にあるのは、日本カード以外に台湾カード、そして北朝鮮カードがある。一つの目安として米国の台湾へのイージス艦売却があげられるが、現時点の計画ではイージス艦4隻を台湾に実戦配備するのは2011年と見られている。中国経済のバブルがはじける時期と考えれば整合性も高く、緊張を長期化させたいビジネス上の思惑もある。しかし、台湾の選択できる戦略は日本ほど限定されておらず、場合によっては中国に追随、従属するバンドワゴニングを採ることもできる。この点で米国にとっての優先順位は台湾カードより日本カードを上位に位置付けているものと考えられる。
すでに北朝鮮カードは切られている。フォーリン・アフェアーズの最新号では、朝鮮半島問題専門のセリグ・ハリソンが北朝鮮のウラン濃縮による核開発は「イラクの大量破壊兵器同様、ブッシュ政権が情報を歪曲し、脅威を誇張したものだ」とする論文を掲載している。この論文で注目すべき点は、ブッシュ政権がウラン問題を持ち出すことによって北朝鮮に歩み寄る日本と韓国の融和政策を脅えさせ、後退させることを望んだからだと書かれている。この真偽はともかく、分裂する米国にあってこの告発が外交問題評議会(CFR)とて一枚岩ではないことを示しているようだ。
このことからわかるように、実行機関としてのネオコンが仕組んだダーティー・トリックが四方八方に仕掛けられている。こうして世論は巧みに操作され、気が付けば崩壊後の北朝鮮に人道支援を名目にさらなる前線基地としての自衛隊派兵が決まり、同時にオフェンシブ・リアリスト達は原材料や食料、そしてエネルギー資源の争奪戦を仕掛け、これによって日中の亀裂は決定的なものになる。そして、彼らが望む素晴らしい世界へと日本は引き込まれていくことになるのだろうか。
■東アジア共同体という危険な誘惑
こうしたシナリオを描く米国の戦略家にとって、最悪のシナリオはジェームズ・ホーグが明言している。「日本と中国が米国との関係よりも、日中が手を組んで戦略的な同盟関係を築くこと」である。これはリムランド(ユーラシア大陸周縁国)に位置する国同士の結束を認めないとする伝統的な地政学にも合致している。
そして、この最悪のシナリオを目論む東アジア共同体評議会が古森義久によって攻撃されている光景がなんとも興味深い。
確かにライスも指摘しているように、「経済的交流を通じて中国国内の変化を促進する」効果も期待できる。また、経済交流が相互依存を深め、一時的な世界経済への影響から経済大国間の戦争は回避できるとする米民主党や欧州お抱えのグローバリゼーション賛歌を唱える学者も存在する。しかし、彼らですら現状の共産中国のままで世界経済に大きな影響を及ぼす大国として共存できると考えてはいない。
この中国の民主化は財界にとっても歓迎すべき問題であるにもかかわらず、東アジア共同体評議会のホームページを見る限り、この重要な論点を避けている。民主化による「機会均等、門戸開放」を掲げることなしに中国との共同体設立を目指せば、戦前の悪夢が蘇る。これでは古森が指摘する米国排除との懸念を招いても仕方がない。従って、水面下で米・欧と協調しながら中国民主化へのシナリオを描く必要がある。
また、現状の財界主導の東アジア共同体評議会は、オフェンシブ・リアリスト達の甘い誘惑によって、いとも簡単に引き裂かれる運命を抱えている。従ってバランサーの役割にすらならない可能性がある。
さらに危険な兆候もある。今後日本国内の反米保守勢力や左派勢力の一部が、反戦やアジア回帰を旗印に和風ネオコンとなって東アジア共同体評議会に合流してくるだろう。目先の利益に惑わされて、これに同調し、世論が束ねられることが最悪の結果をもたらす。なんとも切ないことに、現状の日本は米国か共産中国かの究極のニ者択一しかないのだ。歴史を振り返りながら、被害を最小限に抑えるために敵にしてはならない相手を考えれば自ずと結論は導き出される。この現実を見据えながら国益を冷徹に追求する姿勢が求められる。
また次に待ち受ける最大の試練は中国の民主化以後であり、これを睨んだ日本の生き残り策の構築こそ、東アジア共同体評議会に期待したい。
中国は米国陣営への対抗する狙いから、欧州やロシアとの間で経済的、軍事的な結びつきを深めようとしている。これはユーロで米国を揺さぶったサダム・フセインと同じ道を辿っていることを意味しており、米国の不信感を増幅させている。
北東アジアの地に21世紀最大の危機が確実に忍び寄っている。
□引用・参考
東アジア共同体評議会
http://www.ceac.jp/j/index.html
東アジア共同体評議会掲載の古森記事
http://www.ceac.jp/j/column/041210.html
コバケン氏論文「リアリストたちの反乱」
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/index-kb.htm
A Global Power Shift in the Making
By James F. Hoge, Jr.
http://www.foreignaffairs.org/20040701facomment83401/james-
f-hoge-jr/a-global-power-shift-in-the-making.html?mode=print
Did North Korea Cheat?
By Selig S. Harrison
http://www.cfr.org/publication_print.php?id=7556&content=
北朝鮮ウラン濃縮は歪曲 米が脅威誇張と専門家
共同通信12月10日配信記事
リー・クアンユー顧問相、米国と中国との間で緊張関係が生じる可能性を指摘
http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/kokusai/20041214/
20041214a3170.html
日中関係の展望
ラインハルト・ドリフテ
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/04102101.html
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