前回のコラム(4)「『長嶋ジャパン』五輪出場資格は?」では、全日本アマチュア野球連盟(以下全アマ連盟)をアマ野球側の統括団体として扱ったが、実態は違う。しかし、JOCが全アマ連盟をアマ野球側の統括団体として承認し、加盟団体としている上で、五輪への代表派遣を認めている事実、そして統括団体として扱わなければ、話があまりにもややこしくなり、読者の理解を得られにくいことから、そうした。
全アマ連盟は、実のところアマ野球側の統括団体ではない。JOCの加盟団体審査基準を満たしていない。全アマ連盟はJOCの正加盟団体だが、正加盟団体になる要件(1)法人格を取得している(2)国内唯一の統括団体である(3)IOC(国際オリンピック委員会)承認の国際競技連盟に加盟し、当該スポーツが五輪憲章に記載されているスポーツである―の3項目のうち、(1)(2)の項目について要件を満たしていない。
朝日新聞社刊「知恵蔵2004」の野球の項目の中で、スポーツライターの武田薫氏は全アマ連盟についてこう説明している。
「日本のアマチュア野球界はこれまで、学生野球と社会人野球の足並みが揃っていなかった。(略)ところが、社会人野球界が標ぼうした国際化が時流に乗り、オリンピックの正式種目化へと進展して状況が変化。組織を一本化し日本オリンピック委員会(JOC)に加盟申請するために、屋上屋を架したのが1990年6月に発足した全日本アマチュア野球連盟。法人格はなく、実質的には日本野球連盟と日本学生野球協会が構成する組織で、事務所は社会人の事務局が兼ねている。(以下略)」
社会人野球を統括する日本野球連盟とともに全アマ連盟を組織する日本学生野球協会は、「全アマチュア連盟設立の経過」と題する文書の中でこう書いている。「全日本アマチュア野球連盟の性格は、規約第2条に日本学生野球協会及び日本野球連盟の運営に関してその自主性を尊重し、指導、監督的立場にないと明記されています。」
全アマ連盟は、五輪出場のために学生、社会人野球界が「屋上屋」を架した、独自の事務局ももたず、ほとんど実態のない組織で、「法人格」もない。さらに学生、社会人野球界の「指導、監督的立場にない」組織である。法人格もなく、統括団体でもない、明らかにJOCの加盟団体の審査基準を満たしていない組織が、何故、JOCの正加盟団体として承認されているのか。
そうした疑問に対する答えはたった1つしかない。野球が長い期間にわたって日本のスポーツ界における特別な存在、つまり「特権階級」であったからである。圧倒的な国民的人気を誇ってきた野球界は陸上、水泳、サッカーなど「その他大勢の競技」とは別格の存在だから、他の競技に合わせる必要はないと考え、本来なら野球界を指導、監督すべきJOCなど上部団体も、その他の競技界も、野球界の「特権」を黙認してきたからである。
野球界の立場は、冷戦後に唯一の超大国になった米国に似ている。ソ連崩壊後は米国の一人勝ちの世界になった。米国の強大な軍事力、経済力、科学技術力、ハリウッドなどの文化力が米国以外の世界を圧倒した。そして「9・11」以降、米国は国際法や国連決議などのルールではなく、米国だけのルールで行動し始めた。それが「先制攻撃論」であり、その結果がイラク戦争である。
そうした米国の考え、行動を米国民が支持し、他国政府のほとんどが支持せざるを得なくなった。米国民の多数は、世界を「上位にある米国」と「下位にある米国以外の世界」に区別しているようだ。野球界もこれと似た考えをもち、行動していた。日本のスポーツ界には野球に対抗すべき「反抗勢力」は存在しなかった。
日本のスポーツ界において、野球がいかに別格で特別な存在であるかは、高校スポーツを例に取ればよく分かる。高校スポーツは、野球以外のすべての競技については、高体連(全国高等学校体育連盟)が統括している。しかし、野球(硬式)だけは高野連(全国高等学校野球連盟)が統括団体である。
高体連と高野連はまったくの別組織で、上下関係もない。高校スポーツは8月(夏休み)にピークを迎える。高体連は野球以外のすべての競技を開催する総合大会「インターハイ」を開催する。ほぼ同じ時期に高野連は阪神甲子園球場で「全国高校野球選手権大会」(夏の甲子園大会)を開く。
インターハイと「夏の甲子園大会」とどちらの比重、つまり国民的な関心と人気が高いかは明らかである。甲子園大会はNHKが全試合を生中継する。関西地域では民放TV局も放送する。全国紙、地方紙とも本大会ばかりでなく各都道府県の地方大会から大きく紙面を割いて扱う。
一方のインターハイは、NHKが開会式と主要競技の優勝戦などを放送するだけである。しかも開会式以外は教育テレビで放送される。新聞では、全国紙の扱いは小さく、地方紙が地元の選手、チームを取り上げるだけである。高校野球は他のすべての競技を合わせたものより関心度、注目度、人気度ともにはるかに大きい。それが高校スポーツの実態である。
しかし、現実は動き出している。都市対抗大会を頂点とする社会人野球にはかつて隆盛はなくなった。社会の構造変化と企業を取り巻く環境の変化から、社会人野球チームは減り続けている。大学野球も以前ほどの人気はなくなってきた。社会人野球チームが減少すれば、大学生の行き場も狭まる。唯一、いまでも隆盛を誇る高校野球も、社会人チームの減少傾向により、大学生と同じ立場になる。プロ野球にしても、今回の球界再編騒動では、選手会とそれを後押しする世論の圧力によって、球界の「縮小計画」は土壇場でいったん阻止されただけである。
国内スポーツも野球だけが人気スポーツという時代は過ぎた。サッカー・Jリーグは日韓共催W杯開催を踏み台に、W杯・五輪代表人気との相乗効果で注目度が高まってきた。それ以上に、国際競技の環境が変化してきた。イチローや松井秀喜の活躍によりメジャーリーグベースボールがより身近なものになってきた。中田英寿らがプレーする欧州サッカーリーグへの関心も高まってきた。
さらに、主要な国際スポーツ大会は毎年開催される時代になった。偶数年には2年ごとに夏季五輪、W杯サッカーと冬季五輪が開催される。その間の奇数年にも2年ごとに陸上、水泳、体操など競技ごとの世界選手権が開催される。
もはや、野球だけが特別な存在、「特権階級」ではなくなった。そのことをプロ・アマも含めた野球界は認識すべきであり、JOCなど上部団体や他の競技団体も野球だけを特別視すべきではない。しかし、彼らはそうしたまっとうなことを考え、それを行動に移すことができるだろうか。(2004年9月30日記)
成田さんにメールは mailto:narita@mito.ne.jp スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/
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