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日本・中国・米国 国際関係を読む

2004年09月30日(木)
アメリカン大学客員教授 中野 有
 ジョンズホプキンス大学で北東アジアの安全保障について講演をした時に中江兆民が一世紀以上前に作成した「三酔人経綸問答」を引用した。この本ほど分かりやすく20世紀初頭の日本の安全保障を諦観したものはないと思っていたが、この本がジョンズホプキンス大学の参考書になっていることを教授から聞き、改めて兆民の先見性に驚かされた。

 時は日本が日清戦争に勝利し、日露戦争に邁進する世相。3人の酔人が夜を徹し日本の進むべき道について問答する。豪傑君と洋行帰りの紳士がヘネシーというブランデーを持って南海先生を訪問する。登場人物の3人とも兆民の分身である。兆民は、同じ土佐出身の坂本竜馬を尊敬し、竜馬が果たせなかったが海外への雄飛を岩倉具視の一行として実現させ、欧米の視察に参加し、そのまま数年パリで生活したのである。

 パリの自由な雰囲気の中で東洋のルソーとして西洋の哲学を習得するのみならず、東洋の知恵をヨーロッパに伝えたのである。また、帰国後は、日本の戦争関与に反対するも帝国主義が蔓延する弱肉強食の時代においては現実主義の視点により主戦論も唱えたのである。そんな複雑な心境を読み取ることができる。

 豪傑君は、列強がアジアを餌食にしている国際情勢の中で、日本が大陸に進出し富国強兵を政策の柱とするのが日本の道であると主張する。それを聞いていた洋行帰りの紳士は、いや日本は大陸に進出すべきでないと反論する。日本は文化交流や経済協力を通じアジアや世界に貢献することにより日本は尊敬される国となり決して日本が侵略されることはないと理想を問う。

 ブランディーの酔いにまかせ議論が白熱する中、南海先生は、歴史のリズムを語る。豪傑君の考えは、否定されるべきものでない。日本が大陸に進出しなければ日本という国家が消滅するかもしれない。しかし、膨張政策を進めることにより戦争という大きな代償を孕むことになろう。洋行帰りの紳士の考えは理想である。理想は現実に飲み込まれてしまうが、この理想は外交の良策として100年後に開花する時があろうと煙にまくのである。

 兆民の三酔人経綸問答のエキスを筆者が解釈したものであるが、ここで学ぶべきことは、帝国主義という弱肉強食の時代においては、軍事というハードパワーは否定されるものではない。しかし、ハードパワーは軍事衝突を呼び起こすものであり、「柔よく剛を制す」というソフトパワーこそ偉大であるということである。

 アテネオリンピックで大柄の外国人を柔の切れ味で一本を決める日本人の姿を見て、日本には日本のソフトパワーで世界平和に貢献できる技があり、それを実現させるのが21世紀の今日である。

 兆民の先見性が示した如く、日本は、日清・日露・日中・太平洋戦争とハードパワーによる膨張主義を重ね敗戦を経験し、アメリカの共産主義封じ込め政策の恩恵を受け、日本精神は弱体化したものの経済大国に君臨したのである。今、再び日本と大陸とのあり方を考える時に至っているのではないだろうか。

 サッカーのアジアカップにおいて日本は優勝したものの中国の反日感情の高まりを見せつけられた。江沢民国家主席が推進したとされる対日強硬政策が意味する本質的な対応が必要だと感ぜられる。今、多角的に21世紀の日本と大陸のあり方を豪傑君、洋行帰りの紳士、南海先生の視点で考慮する必要がある。

 豪傑君の主張はこうであろう。現在の中国の軍事費の上昇、特に攻撃用兵器の充実、尖閣列島などの領土拡張、台湾海峡の問題、共産党の独裁体制、歴史問題を通じた日本への干渉、急激な経済並びに科学技術の発展。これらは日本の脅威のみならずアジアや世界の脅威であり、中国は覇権主義を実践している。日本が中国の餌食になる前に、ならずもの国家である北朝鮮や中国の覇権主義に対抗する軍事を強化し、また外交の分野でも従来の中国へのODAなど融和政策を改め、ハードパワーの充実こそ日本の道である。

 洋行帰りの紳士は、これに反論し、中国の発展を歓迎し、アジアのソフトパワーを楽観的に捉えるだろう。アジアの大国である中国の発展は、アジアの興隆であり、日本の発展も中国の発展により約束されるのである。米国や日本の経済は、中国市場と相関関係にある。北朝鮮問題でも多国間協調を率先しているのは中国である。

 共産党の独裁は建前であり、発展の過程における妥協である。米国が羨望するほど、経済成長、安定した外交、有人飛行を成功させるほどの科学技術の発展など、まさに60年代初頭の勢いのあったケネディー政権時代を彷彿させる機運が中国である。

 対日批判などマスコミの誘導に他ならぬ「木を見て森を見ず」の視点である。中国で行なわれるサッカーの試合では、国内の試合でもかなりのブーイングが飛び交うのではないか。急激な発展に踊らされている中国の一時的な現象ではないか。

 南海先生は、日中関係を諦観するには、歴史と地球的視点で展望することが求められると語るだろう。中国の発展を、何千年の歴史のリズムで観れば、この150年の中国は列強や日本の餌食となり、また冷戦構造の中で中国の発展が永らくせき止められてきたが、それは本来の中国にあらず、その呪文から解き放たれることで急速な発展が起こっているのは何の不思議もない。

 換言すれば、中国の発展は、7千年前に中国文明が発祥し、もともと世界の発展の中心であった中国がそのパワーを取り戻しつつある段階と考えた方が正しい。20世紀の初頭はともかく、世界が2度の世界大戦を経て、大量破壊兵器で地球を滅亡させることができる時代においては、軍事によるハードパワーは明らかに無力である。

 中国と対立しても勝因はない。なぜなら13億の人口を有する中国と衝突し、毎年百万人の犠牲がでても完全に征服するまでは1300年の年月を要するのである。岡倉天心が百年前に述べたようにアジアの分裂を喜ぶのは欧米である。今、中国の発展を通じ、アジアが一つになる機運が生み出されようとしている時に、

 それを良しとしないのは米国であろう。北東アジアに冷戦構造が残存する中、日中や中韓の急激な接近を米国は警戒している。日本にとって日米同盟は大事である。しかし、アジアがヨーロッパのように一つとなるビジョンを掲げ、欧米とも協調できる発展の機運を生み出すための外交努力が本来の日本の役割であろう。

 ニューヨークタイムズのコラムニスト、トーマス・フリードマンは、中国の発展振りと中国のソフトパワーを面白く描いている。「子供の時、父から夕食は残さず食べなさい。中国では飢えに苦しむ人々がいるからと言われたものである。しかし、昨今の大連の発展に接し、現在の中国は過去の中国でないと感じた。娘に宿題は最後までやり遂げなさい、さもなくば中国人に仕事を取られるから」と中国の発展を目にして中国に対する考え方が180度変わったと述べている。

 さらに、イラク戦に関しては、「米国は軍事を通じイラクに介入し泥沼化状態から抜けられぬ状態が続いている。一方、中国、インド、フィリピンは中東に百万人のメイドを送っている。メイドを通じアラブの人々を教育しているのである。アジアのソフトパワーは、米国の軍事によるハードパワーより賢明である」。

 
 非軍事分野の活動、例えば紛争が治まった後の活動や、大自然災害の復興等、日本が積極的に貢献できる。日朝国交正常化も数年以内に実現されると小泉総理が明言している状況においては、北東アジアの冷戦崩壊もそれほど遠くない。中国やロシアと協調した安全保障の枠組みも実現されるかもしれない。アジア版ホームランドセキュリティーも検討される日も来ると期待したい。ソフトパワーを通じた非軍事のアジア本土安全保障省も夢ではない。

 日本は大陸に進出しアジアに被害をもたらしたのは事実である。しかし、兆民が考察したように当時の国際情勢を鑑みると非軍事という理想は、はかないものであったかも知れない。我々は歴史をアジアの眼で諦観すると同時に多角的視点で鳥瞰すべきである。歴史観を有する民衆の目線で展望し、加えて地球的宇宙的視点で考察する「下座鳥瞰」が希求されている。一神教の争いとテロの激化との相関関係に世界が混沌としている、今こそアジアの知恵が望まれる。世界を翔た孫文や周恩来なら、どのようなビジョンを描くのであろうか。
(国際開発ジャーナル10月号掲載、中野有の世界を観る眼)

 中野さんにメールは mailto:tomokontomoko@msn.com

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