Yorozubampo
 
Dropping the big one 2 迫り来る午前零時
2002年05月31日(金)
萬晩報通信員 園田義明

 ■終末時計

 5月24日、ブッシュ、プーチン両大統領は、クレムリンで双方の戦略核弾 頭の配備数を今後10年でそれぞれ現状の3分の1程度へ削減する「戦略攻撃戦力削減条約(モスクワ条約)」に調印した。

 それでも、「終末時計」を管理している米誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は、今またその針を動かそうとしているのかもしれない。

 今年2月27日、核の脅威による地球最後の日までの時間を示す「終末時計」の針が2分進められ、終末を示す午前零時の7分前になった。前回、針が動かされたのは1998年である。この時、インド、パキスタンが核実験を相次いで実施したことなどを受け、零時14分前から9分前まで進められた。そして今回もそのインド、パキスタンが強引に針を進めようとしている。

 ■1999年の事実

 インド、パキスタン両国は、イスラム教徒が住民の多数を占めるジャム・カシミール州の領有をめぐって何度も衝突を繰り返してきたが、昨年12月にパキスタンのイスラム過激派がインド国会を襲撃、12人が死亡する事件が起きて以来、状況は悪化していた。

 そして今年5月14日には、インドのジャム・カシミール州で虐殺テロ事件が起こる。インド軍兵士を装ったパキスタン側のイスラム過激派3人組が、インド軍治安部隊の駐屯地や路線バスを襲撃し、インド軍兵士の妻、子供など34人が死亡した。

 この直後から欧米メディアで「Nuclear」の文字が連日登場することとなる。欧米メディアが「Nuclear」を取り上げた理由は、事件発生直後の米ワシントン・ポストの記事が発端となっている。

 虐殺テロ事件発生直後の5月15日付けワシントン・ポストは、クリントン前政権の国家安全保障会議(NSC)の上級南アジア部長を務めたブルース・リーデル氏の論文を掲載し、1999年のカシミール紛争は、パキスタンによる核兵器使用寸前まで至っていたと伝えた。

 当時米政権内では、パキスタンが核を使うならミサイルでなく航空機を使った爆撃になるとの見方が支配的であった。しかし、パキスタン軍が核弾頭搭載可能な国産中距離ミサイル「ガウリ」を格納庫から出し、配備先へ移動させていることを探知した米政権に衝撃が走る。

 クリントン前大統領は同年7月4日のナワズ・シャリフ・パキスタン首相(当時)との会談で、軍を撤退するよう強力な圧力をかけた。シャリフ首相が要求を受け入れて軍を撤退させたため、核危機は回避されたという。

 1999年のカシミール紛争は、1962年のキューバ・ミサイル危機以来、世界が最も核戦争の瀬戸際に立たされていたのである。この時のデータでは、ボンベイに核爆弾が落とされた場合の犠牲者は最大85万人としている。

 ■最悪のシナリオ

 5月22日、インドのジャム・カシミール州を訪問中のバジパイ首相は、前線の兵士を前に「決戦の時が来た。この戦争に勝利する」と宣言する。かつてない強い口調でパキスタンとの対決姿勢を鮮明にした。インド海軍報道官は、インド南東部のアンドラ・プラデシュ州の基地を母港とする軍艦5隻を、パキスタンに近いインド西岸のアラビア海に移動させたことを明らかにした。駆逐艦、フリゲート艦などで構成する艦隊は、一週間以内に作戦海域に到着するという。

 こうしたインド側の動きに対し、パキスタンのムシャラフ大統領は、「戦争の準備はできている」と反発し、「わが国が戦闘を決意すれば、最後の血の一滴を流すまで戦う」と牽制した。今年4月には、パキスタンのムシャラフ大統領本人が、ドイツシュピーゲル誌のインタビューで、カシミールの帰属をめぐり軍事的緊張が続くインドとの紛争では「最後の手段」として核兵器の使用も辞さないと明言していたことが気にかかる。

 戦争が大好きなネオコンの最大のスポンサーであるメディア王マードック傘下の英タイムズ紙が、5月22日に政府高官から情報として報じた最悪のシナリオは次のようなものである。

(1)インド軍がパキスタンのテロに通常部隊で報復
(2)パキスタン軍がインド軍をいったん撃退
(3)インド軍は通常部隊を大量投入
(4)パキスタン軍は核を使用
(5)インド軍は壊滅せず、核反撃

 また同紙は、24日には英軍事当局がインドとパキスタンの「核戦争」の可能性が現実味を帯びてきたと判断し、インド、パキスタン両国から在留英国人を緊急避難させるなどの対応策の検討に入ったと報じた。

 EUのパッテン欧州委員会委員(対外問題、共通外交政策担当)は、5月23日、パキスタンの首都イスラマバードから空路ニューデリー入りした。インドのシン外相と会談したパッテン委員は、「インド政府は我慢の限界に達しつつある」と語る。

  インド・パキスタンの旧宗主国である英政府も北大西洋条約機構(NATO)・ロシア首脳会議で両国に自制を求めるメッセージを打ち出す考えを表明し、ブレア英首相は米欧ロの首脳と事前の調整を進めている。先頃、イスラエル・パレスチナ問題でも渋い役割を演じたストロー外相が、両国を訪れ調停に乗り出した。

 これに対して、米政府はアーミテージ米国務副長官を派遣するが、イスラエル・パレスチナ問題で露呈したジグザグ外交が見え隠れしている。ラムズフェルド国防長官は、5月24日の記者会見で、核戦争の危険に懸念を表明したが、対応が遅いとの批判が、内外から相次いで出されている。

 そうした中でパキスタンは、5月25日以後、立て続けに3度の核弾頭搭載可能な中短距離ミサイルの発射実験を行う。発射実験後にムシャラフ大統領は、「戦争は望まないが、戦争の準備は整った。」との声明を出す。そして、27日夜には、全世界の注目を集める中、国営テレビを通じ国民向け演説を行う。

インドとの和平を望む基本姿勢を強調しつつも、インドが戦争を仕掛けるなら徹底して戦うとの決意を改めて表明し、国民の結束を訴えた。

 一方、米NBCテレビは、5月29日、米国防総省当局者の話としてインド軍が、中距離ミサイルに通常弾頭の装着を開始し、パキスタンとの国境線に戦車や作戦機を移動させるなど、両国の緊張が一段と高まっていると報じる。米政府当局者は、核戦争に発展する危険性を警告し、米軍は両国が全面戦争に突入したことを想定し、両国に滞在している米国や同盟国の市民を緊急避難させる準備を進めていると語る。

 なお5月27日付の米ニューヨーク・タイムズ紙は、インドとパキスタンが全面的な核戦争に突入した場合、双方で最大1200万人が死亡するとの試算を米情報機関がまとめたと報じた。

 また5月24日付けの英科学誌ニューサイエンティストは、インドとパキスタンの間で互いの5大都市に1発ずつ広島級の原子爆弾を投下する限定核戦争が起きた場合、死者は計290万人に上るとの予測をまとめている。

 ■ヒロシマ・ナガサキ・オキナワ、そしてふたつの宴

 この緊急事態に世界の主要メディアでようやく見つけた悲しいJAPANの文字がある。5月23日付け英インデペンデント紙のリチャード・ロイド・パリーのレポート「ニュー・アタック・オン・ヒロシマ」である。このレポートには、日本のどのメディアより詳細にこの広島の事件のことが書かれている。

 今年3月5日、広島平和記念公園内にある原爆慰霊碑に赤色のペンキがかけられる事件があった。「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれた石碑の左半分が赤いペンキに染まっていた。

 広島平和記念公園では、昨年12月には世界遺産の原爆ドームの壁面に木炭のようなもので落書きされた事件があり、今年2月17日未明には原爆の子の像の折り鶴約5万羽が放火された事件も起こっている。

 僕は今、BEGINの新曲「島人ぬ宝(シマンチュヌタカラ)」を聞きながらこれを書いている。昨年のNHK沖縄主催「新しい沖縄のうた」コンサートのために書下ろした沖縄本土復帰30周年を記念した曲である。

 スピーカーから流れてくる「大切なものがここにある。大切なものをもっと深く知っていたい」の詩になぜか僕は項垂れてしまうのである。

 全世界の熱い視線を集める旧宗主国の宴が日本と韓国で開催される。ここで日本だけが発信できるメッセージがあるはずだ。幸運にもチケットが手に入った人は、昔ながらのキモノにこだわることなく、思い思いの表現でアピールして欲しいものだ。

 そのアピールは、もうひとつの秘密の宴「ビルダバーグ会議」にも届くだろう。その宴は、5月30日から4日間の日程でワシントンDCのダラス国際空港周辺で行われるようだ。この宴の参加者の大半が旧宗主国の頂点に立つビッグ・リンカー達である。

 秘密の宴に招かれた唯一の日本人であり、唯一のアジア人でもある緒方貞子さんがきっとその声に応えてくれるはずだ。

 「日本人の『落とし物』は、もっとでかいものかもしれない」などと、僕は断じて書きたくない。

 ▼参考・引用

 American Diplomacy and the 1999 Kargil Summit at Blair House
 BRUCE RIEDEL
 http://www.sas.upenn.edu/casi/reports/RiedelPaper051302.htm

 Report: India, Pakistan Were Near Nuclear War in '99
 http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A17398-2002May14.html

 Indian Strikes Could Escalate Into War With Pakistan
 http://www.stratfor.com/fib/topStory_view.php?ID=204553

 Nuclear war threat over Kashmir crisis
 http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2-303716,00.html

 Dicing with Armageddon
 http://www.economist.com/agenda/displayStory.cfm?story_id=1130906

 Rallying the troops
 http://www.economist.com/agenda/displayStory.cfm?story_id=1141697

 Fear of nuclear war over Kashmir
 http://www.guardian.co.uk/kashmir/Story/0,2763,719961,00.html

 Vajpayee rallies Kashmir troops
 http://news.bbc.co.uk/hi/english/world/south_asia/newsid_2001000/2001727.stm

 Indian PM Tells Troops Time for 'Decisive Fight'
 http://story.news.yahoo.com/news?tmpl=story&cid=586&ncid=586&e=4&u=/nm/20020522/wl_nm/southasia_dc_67

 India/Pakistan: Last chances
 http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1021990934545&p=1012571727126

   Once again, the US must take the lead through a diplomatic minefield
 http://argument.independent.co.uk/leading_articles/story.jsp?story=297214

 U.S.: India, Pakistan girding for war
 http://www.msnbc.com/news/753586.asp?0si=-#BODY

 12 Million Could Die at Once in an India-Pakistan Nuclear War
 http://www.nytimes.com/2002/05/27/international/asia/27NUKE.html

 Three million would die in "limited" nuclear war over Kashmir
 http://www.newscientist.com/news/news.jsp?id=ns99992326

 Nuclear fallout: The new attack on Hiroshima
 http://news.independent.co.uk/world/pacific_rim/story.jsp?story=298050

 原爆慰霊碑にペンキ 器物損壊の容疑で捜査
 http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn02030601.html

 園田さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp


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