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  今語る台湾の歴史(2)小林善紀が出版できる国

  2001年03月08日(木)
  台湾研究家 船津 宏

 台湾の新聞・テレビで二月前半の飯島愛「プラトニック・セックス」に続いて後半は小林善紀(台湾での表記)「台湾論」のオンパレードだというのに日本のテレビ、週刊誌は飯島愛は大きく取り上げても、小林よしのりは扱いにくいのかどこも取り上げなかった。台湾で一面扱いの小林だが、それを「取り上げにくい」と感じる根元にあるものが日本マスコミの弱点かもしれない。池田大作が外国要人と会談しても取り上げないのと根は同じだ。評価が分かれる物は取り上げない、火中の栗は拾わない。

小林の「台湾論」が台湾で政争の具となっている。分厚い漫画本の中でわずか一ページ、台湾人実業家・許文龍が語った「《従軍慰安婦》の集め方は決して強制なんかじゃない」というところだけが取り上げられて問題にされている。台湾の発展を好意的に描いた他の部分は話題にもならない。

過激なマスコミ報道で許氏が経営する奇美実業の製品は不買運動に遭遇、奇美医院には放火するぞと脅迫電話まで掛かってきた。台湾随一の設備を誇り多数の入院患者がいる病院を、である。「野蛮な日本を糾弾する」はずの人々が逆に野蛮な行動に陥っている。

 許文龍叩きに動いている人の大半が小林の本など読んではいまい。実際には「従軍慰安婦」も「植民地支配」もどうでもよくて、陳水扁の大統領当選で最近実力をつけてきた台湾人勢力を叩いて、過去の中国人支配に戻そうという動きと分析できる。小林が間違っている部分については粛々と言論で対抗していけばよいのだ。それをせずに大衆煽動に向かうところに毛沢東流の作為を感じる。

朝日新聞は陳総統が「こうした悲劇はあってはならない」と記者発表したことを伝える。「やはり強制だった」とは言わなかったことには触れていない。産経新聞は外省人(台湾の中国人)と本省人(日本時代以前から住んでいる人)の対立に発展していると伝える。日本から小林反対派がわざわざ行って論争を焚きつけている。

「反日」の機運が盛り上がっているわけだが、こういう時日本の平和運動家は「日本は平和主義です。台湾と敵対する人なんていません」となだめに行ったりは決してしない。ここぞとばかり、小林を叩きに行く。自分たちの敵を叩くためなら外国勢力を利用する。行動の方向性がなぜか逆なのだ。日本と外国の感情対立が減るように行動するのが平和主義者の役目のはずなのだけれど。

小林の論が日本をすべて代表するわけではない。「私たちがいる限り、日本が台湾を侵略することは絶対ありません」となぜ呼びかけに行かないのだろう。小林がどんな意見を持っていようが、「平和主義者」自身が戦争を防ぐ努力をしたら良い。中国や台湾で武器の放棄と平和を説いて回れば良いのだ。ところが彼らが常にやっているのは「小林はこんなことを言っていますよ、あんなこともやっていますよ」という「御注進」活動なのだ。

中国人の論理は@小林は従軍慰安婦を認めないAだから植民地支配を正当化しているB再び軍隊を派遣し占領する考えの古い体質の右翼だC中国人なら日本人を警戒しなければならない――という流れになっている。黒と認めなければ白になるという考え。

一般の日本人はそうは考えない。小林も「慰安婦は居たけれど言われているような強制的な集め方をしたわけではない」「日本は台湾でりっぱなこともした」と漫画に描いているに過ぎない。けっして「日本が全部いいことをしてやったのだから再び占領してやる」とゴーマン宣言しているのではない。しかし、右翼のレッテルを貼られ、再び軍隊を派遣すると批判されている。

日本に住む台湾人Sさんの反応は「やはり台湾人は馬鹿」というものだ。日本の知識人の九割が「台湾存在無視・台湾消滅容認・親中国」なのに対し小林は台湾の存在を認め、愛情を持って描く稀有な存在の作家だ。そうとも知らず政治家に踊らされて騒いでいるのを嘆いていた。

100%中国の歴史観を受け入れない限り、日本は軍国化すると言われる。1%でも訂正を試みると軍国主義で右傾化だとされる。こういう論理を許していては決して日本と台湾の、日本と中国の友好関係など築けないのではないだろうか。

結論めいたところに来たが、台湾は小林の本が出版でき、一般大衆が読み、その内容について公然と議論できる国になった。「小林の入国を禁止する」と内政部が発表、民進党や新党の議員が「台湾は蒋介石時代に逆戻りしてよいのか」とそれに反対する言論を展開している。歴史はそれだけ進んだ。「共産党宣言」を持っていたら特高警察につかまった1930年代の日本や、法輪功のテキストを隠し持っていると警察につれていかれる2000年代の中国とは大きく違う自由がある。


 船津宏へのメールは mailto:funatsu@kimo.com.tw
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