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  大門小百合に学ぶハーバード大の教育

  2001年02月04日(日)
  萬晩報主宰 伴 武澄

大門小百合のハーバード日記」というサイトが人気だ。ジャパンタイムズの現役記者がハーバード大学のニーマンフェローとなり、昨年8月からボストンに留学。日々の学生生活の驚きを日記風に書き綴っている。夫の田中宇(さかい)さんの書くニューズコラムでも一部紹介されているので読んだことがある読者も少なくないと思う。

 ニーマンフェローは現役のジャーナリストを対象としたプログラム授業だからかもしれないが、まず配偶者にも同等に授業に出席する権利が与えられ、ベビーシッターまで世話をしてくれるというところから驚いた。世界中からやってきたジャーナリストの精鋭たちが家族ぐるみで学ぶ環境を提供できるのはアメリカの社会人教育ならではの奥深さである。

 次いでうらやましいのは、政治や実業社会との連携である。マキシーン・アイザックという教授はモンデール氏の大統領選のプレス担当スタッフでワシントン政界との人脈が深い。12月われわれが日本でアメリカの大統領選に対して疑問をもってニュースに接していた時、すでに「Election 2000」というクラスがあってゴア陣営の選挙キャンペーンのマネージャーがハーバードでゴア敗戦の背景について授業をしていたそうだ。

 教科書に頼った過去の政治学ではなく、生の政治が大学で学べるのだから授業は面白いに違いない。

 たとえば、昨年末の自民党内で起きた「加藤反乱劇」の顛末について加藤派事務局のひとが講義してくれる授業があったり、長野県での田中康夫知事誕生の背景を議論する場があったりしたら、その授業は熱気を帯びるはずだ。

 日本では大学の在り方について、学生の資質が問われることが多いが、本来問われるべきは教授陣の資質なのだ。日米の教育の彼我の違いを考えているうちに1998年06月11日付萬晩報「奨学金を30も受給したことが誇りとなるアメリカの高校生」で紹介したSouth Carolina州の西野智雄からのメールを思い出した。以下再掲したい。

 ●奨学金を30も受給したことが誇りとなるアメリカの高校生

 私は、今年からアメリカ駐在になりました、若輩のサラリーマンです。物理的な年齢は32歳ですが、ずっと技術畑の人間だったので、社会的な見識とか知識は20代になったばかりかなと考えています。初めての海外生活、それもアメリカ東海岸に4カ月住んでみて、アメリカについて驚く事がいくつもありました。

「いやー、こっちの高校の卒業式でさ、奨学金をもらう事になった生徒とか発表するんだけどさ、すごいやつは30ぐらいもらってたぞ」

 そのひとつが、先日地元の高校で卒業式だった。息子が地元の高校に行っていた日本人がこんな感想を洩らしました。日本の奨学金制度や日本人のお金の使い方に対して考えさせる内容でした。私たちのアメリカ論議が始まりました。

 私たちは、この話で奨学金をもらう事が発表される事に驚き、その数の多さに驚きました。

 日本の奨学金制度で私たちが知っているのは日本育英会です。ただ育英会の選考基準に保護者の収入が入っています。そのせいとはいえないかもしれませんが、奨学金は貧乏な子(差別用語ですがもっともイメージが合うので使わせてもらいます)がもらうものだと、奨学金をもらう事に少し引け目を感じていました。また企業奨学金もありますが、これは給料の前借り若しくは借金のようなもので、いずれにしろ余りイメージの良いものではないようです。

 しかし、アメリカ社会では奨学金を貰えるのは、その生徒が優秀であるからにほかならず、両親や親戚がどうのこうのは関係ありません。そういった意味で卒業式に奨学金の受領の発表があることは、その生徒の優秀さをまさに賞賛しているのです。

 また、アメリカの奨学金はほとんどの場合返却する必要がありません。これも奨学金を貰いやすい理由の一つになっています。

 多い生徒で30種類、全員で30人ぐらいの生徒が貰うのですが、こんな3万人ぐらいの片田舎の町の高校で300種以上の奨学金が配布される事は驚きです。しかし、よくよく話を聞いてみると、結構個人で出されていて、地元のピザ屋の親父とか普通の人が奨学金のドナーとなっています。

 金額も500ドルからあり、それなら俺だってと思わせるものです。しかも地元の人が集まっている高校の卒業式で、「××ピザから1000ドル」とやるのですから、ちょっとした広告です。このような寄付は、アメリカでは無税で必要経費と同じ扱いになります。アメリカは税金が高いので、税金を払うぐらいなら、奨学金に出してあわよくば店の評判も上がってと考える経営者はごまんといるでしょう。

 また、自分の子供が奨学金で大学に行ったりすると、その親は浮いた金で、自分の子供以外に同じように奨学金を出してやろうかと考えます。そしてそれは無税です。年収10万ドルの人は3000ドルぐらい簡単に出すでしょう。現に私も500ドルぐらいなら出すよな、と思いました。こういった人に金を与えやすい風土なのです。

 将来この子供たちが大きくなった時、財政的な余裕がある生活が出来るようになったら、やはり無償の奨学金を出すでしょう。

「情けは人の為ならず」と言う諺があります。本来の意味は、情けをかける事はその人の為だけではなく、まわりまわって自分に帰ってくる、と言う意味です。

 しかし最近では、情けをかける事はその人の為にならないから甘やかしてはいけない、と言う意味に変わってきていると聞いた事があります。(いつになったら帰ってくるかわからないくらい)将来的な損得を見詰めていた目が、目先の損得にだけにこだわるようになった、捻じ曲がった合理主義に、日本人はいつから変わったのでしょう。(1998年06月05日 South Carolina Myrtle Beachにて)


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