国連とはどんなところなのであろうか。
国連の常任理事国は第二次世界大戦の戦勝国で構成されている。そのせいか日本は米国に次ぐ国連の分担金を担っているにもかかわらず、国連は遠い存在である。かえってそれが国連への憧れにつながった。
14年前、国連の試験に挑戦した。国連といえばニューヨークと思っていたが、最初の赴任地は西アフリカのリベリアで、その後ウィーンの本部で勤務した。リベリアの首都モンロビアから遠く離れた奥地の生活は、水道・電気という当然のインフラが整っていない。与えられた仕事は、中小企業の育成であった。企業もあるかないかの地で2年間、開発援助のイロハを学んだ。日本の国益でなく、「国連益・地球益」のために働いたといっても過言ではない。たとえ紛争に巻き込まれたとしても国連職員への指示は自国の大使館に従うのではなく、国連に従うことであった。
2年間のフィールド勤務を無事終え、ウィーンに本部がある国連工業開発機関(UNIDO)に入るが、その数ヵ月後にリベリアで内乱が発生し、その後6年間紛争が続き、計り知れない犠牲が出た。その中には、仕事を共にした多くの仲間も含まれている。紛争が発生したら取り返しのつかないことになる。地域紛争は、未然に防ぐことが最適の解決法であることから「予防外交」の重要性が身にしみた。
当時のガリ国連事務総長は、冷戦後の国連の役割として「平和への課題」を発表した。紛争の段階を4つのカテゴリー、「予防外交」、「平和維持」、「平和創造」、「平和建設」に分けられている。日本では「平和維持活動」について国会での牛歩戦術がとられたが、私はむしろ、紛争を未然に防ぐ予防外交に焦点を絞るべきであると感じた。戦争の放棄を規定する「憲法9条」を有する日本は、紛争が発生したあとの活動より、それ以前の段階で貢献すべきだと考えたからである。
国連ミレニアムサミットの重要議題は、国連改革と地域紛争の解決策、貧困、環境問題等であった。米国に次ぐ国連への分担金を担っている日本は、国連の常任理事国になるための努力を重ねているが、日本が常任理事国に入るためには国連と日本の利益に合致した国際貢献が必要であろう。国連への分担金が多いから日本は国連常任理事国に仲間入りすべきとの主張には説得力がない。軍事というハードの分野のイメージが強い従来の国連常任理事国のあり方でなく、日本が常任理事国になったらどのような貢献が可能かを明確に示すことが大事である。「憲法9条」を有効に使う日本の国際貢献のあり方を国連に提示すべきである。
今夏ホノルルで国連の事務次長級のツン博士と会ったが、彼は朝鮮半島問題に関わる「豆満江開発」の重要性を強調した。豆満江は中国、北朝鮮、ロシアの国境から日本海に流れる国際河川である。8世紀から200年間、大陸と日本を結んだ渤海船の出航地としても知られている。豆満江開発は国連が90年代初めより音頭をとり、中国、北朝鮮、ロシア、韓国、モンゴルが次官級の委員会を通じて、豆満江流域のインフラ整備の話し合いを重ねている。そして国連は、日本にも豆満江開発への積極的な参加を呼びかけている。しかし残念なことに、日本は北朝鮮との国交がないことから消極的なのである。
日朝国交正常化交渉は日本の主張である拉致疑惑問題とミサイル問題、そして北朝鮮の主張である日本の植民地時代の補償、賠償問題により平行線をたどっている。
日本と北朝鮮の共通の利益の合致点は、日本の国益にかなう経済協力ではないだろうか。日本の政府開発援助は世界一であるにもかかわらず、灯台下暗しの如く、日本の最も近くの地域へ投下されていない。豆満江流域は大陸と日本を結ぶ文化、経済交流の発祥の地である。加えてこの地域は20世紀の紛争の導火線でもあった。この地域の紛争を未然に防ぐシステムを構築することにより、21世紀は発展の世紀になるであろう。この地域の開発こそ日本の協力が不可欠である。
戦前の日本は「大東亜共栄圏」を掲げ、周辺国の同意なしに、勝手にこの地域の排他的な経済圏をつくろうとして失敗し、それが戦争の遠因となった。しかしいま、すべての周辺国が日本の資本と技術に期待している。経済を通じた多国間の協力は、予防外交や協調的安全保障という考え方からも重要だ。
日本は国連の常任理事国に入るための具体的アプローチとして、国連が求める豆満江開発に積極的に参加することが不可欠であろう。さらに豆満江開発を通じ、北朝鮮への経済支援が可能となる。日本の国際貢献の要は、地域の信頼醸成につながる予防外交であるとすると、豆満江開発こそ大いなるメッセージとなるであろうし、日朝国交正常化に伴う経済協力の核となるであろう。
中野さんにメールはnakanot@tottori-torc.or.jp
北東アジアビジネス協力センター http://www4.ocn.ne.jp/~nbc/
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