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アメリカで議論した北東アジア協調的安全保障

2000年08月13日(日)
とっとり総研主任研究員 中野 有

 米国政府の旅費等持ちの招待で、ホノルルで開催された朝鮮半島問題に関する戦略会議に出席した。討議内容は、北東アジアにおける安全保障と経済協力のリンケージの模索である。米国国防総省、国務省、世銀、国連、シンクタンクが2日間にわたり北東アジアの信頼醸成への戦略を練った。

 米国政府が鳥取の一研究員を日本人唯一のスピーカーに指名した理由は、国連、米国のシンクタンク、地方のシンクタンクの経験を基に多角的視点より北東アジアの開発に取り組んでいることと、北東アジアの多国間地域NGOである「北東アジア経済フォーラム」並びに「北東アジア開銀構想」への興味からであった。

 依頼を受けた時、会議の趣旨が軍事に関わる安全保障の色彩が強く、軍事に頼らず紛争を未然に防ぐ予防外交の重要性を主張する筆者の信念との隔たりと英語力への不安から出席を躊躇した。しかし、未熟な発想も米国政府や国連等のリトマス試験紙を通せばそれなりの構想に発展する可能性も有ると考え思う存分発言した。ここに戦略会議から全体をとらえることができた大きな構想と北東アジアの大局的なリズムを記す。

 南北首脳会談の成功や朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の全方位外交の成果は、ミッシングリンクといわれる北東アジアの冷戦構造の終焉を意味する。北朝鮮の瀬戸際外交は、米国が推進する迎撃用ミサイル開発や軍拡競争に拍車をかける。

 従って中国は北朝鮮の瀬戸際外交を牽制し、北朝鮮の全方位外交を支援すると同時に北東アジアへの建設的な開発戦略を明確にした。昨秋、天津で開催された第9回北東アジア経済フォーラムにて中国が北東アジア開発銀行構想に対する具体的な協力姿勢を打ち出し、さらに本年5月の北東アジア開銀の専門家会議では、天津市に北東アジア開銀を誘致し、土地・建物等のコストを天津市が負担するとの声明を出したことは中国の姿勢の変化を的確に表現している。

 米国のシンクタンク(東西センター)が北東アジア開銀構想を提案し、5年の歳月を経て多国間協議にて熟成させた構想を中国が実施することに意義がある。中国の北東アジアの開発戦略は米国が推進する市場経済化の進展のプラス材料である。プーチン大統領の「柔よく剛を制する」対北朝鮮のロシアの黒帯外交は、北朝鮮のミサイル開発の流れを変えることに成功した。中国とロシアの共通の利益の合致点は、米国主導の軍拡を排除するという意味での北東アジアの経済圏構築である。

 北東アジアにはNATOのような集団的安全保障が存在していない。ヨーロッパはNATOに加え、EUにより、集団的安全保障並びに経済協力を主眼とする協調的安全保障が構築されている。朝鮮半島の38度線は技術的に紛争状態であり南北或いは、東西の冷戦構造の軍事勢力が均衡している。昨今の朝鮮半島を取り巻く国際情勢の好転は、韓国の米軍の縮小を意味し、ひいては沖縄サミットでクリントン大統領が示唆したように沖縄の米軍基地縮小につながる。

 現在の北東アジアは安全保障と経済協力のリンケージを模索する時期にあり、また冷戦構造と密接に関係のある集団的安全保障を飛び越え多国間の経済協力に重点をおいた協調的安全保障が成り立つ可能性を秘めている。

 中江兆民は、1世紀以上前に出版された「三酔人経綸問答」の中で百年後には軍事でなく民主による外交の良策、換言すれば協調的安全保障の時代が到来すると予言した。

 この百有余年の北東アジアは、日清・日露・日中戦争、そして第二次世界大戦と戦争の歴史が続き、ベルリンの壁の崩壊を経て10年経過しようやく冷戦の長いトンネルから抜け出そうとしている。特に旧満州地域は、日本との紛争の導火線であり、北東アジアの20世紀は紛争の歴史であった。北東アジアに協調的安全保障の枠組みを形成することにより21世紀の安定と発展は保証されるのではないだろうか。

 北東アジアの発展は、各国の多様性の中に生み出される労働、天然資源、資金、技術力の相互補完性、すなわち北東アジア諸国のハーモニーが不可欠である。北東アジアは、戦争やイデオロギーの犠牲により開発がせき止められてきた。北東アジアには基本的インフラが整備されてない故に市場経済のメカニズムには限界がある。現在の世銀等の開発銀行の開発手法の主流は、民間セクター重視の開発である。民間セクターを引きつけるだけの魅力を欠いた北東アジアは、基本的インフラ整備を市場経済の視点でなく安全保障の視点から展望すべきである。

 日本は米国の共産主義封じ込め政策や日米安保で多大な恩恵を受けてきた。戦後の日本の復興は、経済に集中できる環境により成し遂げられた。歴史的視点や日本の突出した経済力に立脚すれば、北東アジアの遅滞しているインフラ整備を行うのは日本の責務であるだろう。北東アジアが安定すれば21世紀の紛争を避けられる可能性が高くなる。

 米・中・露の3大国に加え、韓国や北朝鮮が北東アジアの安定を後押しする国際環境が整いつつある。日本は、国家百年の計を持って北東アジアの開発を周辺諸国との多国間協力により協調的安全保障を論ずるのが肝要である。北東アジアの安全保障と経済協力のリンケージは、北東アジア開銀構想に有り。


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