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北東アジアが迎える歴史の分水嶺

2000年06月09日(金)
萬晩報主宰 伴 武澄  
萬晩報は6月3日から25日まで総選挙特集体勢求む投稿

 ここ数日、来週12日、平壌で開かれる南北朝鮮首脳会談のことを考え続けてきた。結論からいうと「北東アジアで歴史の分水嶺が訪れる日になる」というのが筆者の考え方だ。まだ会談のアジェンダすら分からない段階で首脳会談の意義について書くことについて戸惑いがないわけではない。

 だが、日本が大騒ぎしている解散・総選挙の公示日が13日であることを考えると、日本の政局はいかんせんコップの中のさざ波で、国際的には南北首脳会談の方が格段に大きなニュースとなるはずだ。

 ●変わらないはずがないことが変わった10年

 これまでも内外の多くの識者たちが南北首脳会談について書いてきた。多くの識者は南北が容易に融和できる関係にないことを強調してきた。これは長期間にわたり軍事力を背景に一党独裁を続けてきた北朝鮮が国が簡単に路線変更ができるはずがないという固定観念が捨て切れていないからだ。

 国の扉を開いて、中国のように改革開放を進めれば、自らの体制崩壊を招く。外国からの経済協力はのどから手が出るほどほしいが、外国からの情報の流入は金日成父子を絶対視してきた国内の価値観を一夜にして覆す可能性が高い。これは実力者を多く政府に輩出している北朝鮮軍が一番恐れることである。北朝鮮が自らそんな危険を選択するはずがない。

 だが果たしてそうだろうか。起きようもないことが次々と起きたのが20世紀最後の10年だった。東欧の崩壊、ベルリンの壁崩壊、ソ連の崩壊。アジアでは天安門事件で中国の民主化はいったん後退したが、国際社会が中国を見捨てたわけではない。世界貿易機構(WTO)への加盟決定など国際社会への参画はいよいよ盛んだ。

 ●西側のメディアに生で登場する金正日総書記

 そういった意味で朝鮮半島は20世紀に残された最後の冷戦構造の砦だった。これまではその南北の当事者が直接会うということ自体が起きえないことだった。南北首脳会談のマスコミの取材体制はいまだに不明だが、よもや会談の内容が秘密に伏されることはないだろう。そうなれば今回の会談の最大の眼目は、金正日総書記の姿や語り口が西側のメディアに初めてさらされるということになる。

 本人や周囲がこのことをはっきり認識した上で金大中との会談に合意したのだとしたら、北朝鮮の内部でここ数カ月内に相当大きな地殻変動が起きていたと考えていい。

 これまで朝鮮半島の問題はアメリカや隣接する中国、ロシア、日本などが動かなければ何事も変わらなかった。そのこと自体が冷戦構造を引きずっていた証なのであるが、分断50年にしてようやく自前の交渉パイプがしかもトップ同士のパイプが開かれることになる。

 ●アメリカがヘゲモニーを失う日

 しかし、このことは周辺諸国のアメリカと日本にとって重大な情勢変化となる。日米韓によるこれまでの東アジアの安全保障体制は狂信的な北朝鮮という存在がすべてを規定していたからだ。ソ連の脅威がなくなり、さらに北朝鮮の脅威が薄まれば、残る火種は台湾海峡だけになる。会談の成り行き次第では、在韓米軍や在日米軍の存在意義も大きく問われる。そんな可能性も秘めた会談であることをわれわれ日本人はあらかじめ認識しておく必要があるのだと思っている。

 アメリカが北東アジアでの軍事的ヘゲモニーを失うことにでもなれば、アジアでのパワーバランスに大きな空白が生まれる。これをだれが埋めるのか、大きな問題である。日本にとっては日米安保のもとで対米追随すれば安全保障の問題が片付く時代が終わりを告げるのかもしれない。

 きのう小渕前首相の葬儀にアメリカのクリントン大統領と金大中大統領が参列し、東京で米韓首脳会談が開かれた。新聞紙面上は「日米韓が南北会談で連携」などという見出しとなっているが、そんな簡単な話ではあるまい。アメリカ側が本当は韓国に何を要求したのか実に興味ある話である。

 きのう環日本海経済の形成を議論してきた北東アジアフォーラムの趙利在議長と話をする機会があった。「経済協力の力で緊張の海を平和の海に」というのが持論である。南北会談について「期待の50%も達成したら大成功だ」と語っていた。筆者が持ち出した「歴史的分水嶺」という表現にも同意してくれた。

 会談で両国が持ち出す懸案にすべて合意するはずはない。ひとつでも二つでも合意ができればそれで成功である。今回の会談の意義は金大中大統領と金正日総書記の両金が直に会うということだったからである。

 それにしても政局に明け暮れる日本政府が南北朝鮮の融和の影響についてどれほどシミュレーションが重ねているのか不安でしかたがない。韓国側は「金総書記と会っても日米韓の関係は変わらない」と説明しているが、南北の融和が進めば、関係が変わらないはずはない。


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