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1200年間、植林を忘れた湖南の田上山

2000年05月10日(水)
萬晩報主宰 伴 武澄


 ●100年前にオランダ人が始めた砂防工事

 滋賀県大津市の南東、信楽との境に田上山という禿げ山があった。二十数年前、大津支局に勤務していたとき、一度登ったことがある。山肌の表土はぼろぼろで、樹木どころか草さえ生えていないという日本では異様ともいえる風景だった。山肌では近畿地建が階段状に砂防工事をしていて、斜面にはシダ類が植えられていた。

 滋賀県庁の職員に聞いたところ、田上山の表土はバクテリアも生息しないほど破壊されていて「高等な植物は植えても成長しない。シダのような原始的植物から植えて土づくりをする必要がある」ということだった。

 いまでは緑がかなり回復していることをホームページで知った。この砂防工事は100年前始まった。オランダ人技術者ヨハネス・デ・レーケらの協力を得て明治政府が着工したもので、花崗岩の切石を20段の布積みに組上げた形から鎧(よろい)ダム 、通称オランダ堰堤とも呼ばれている。

 田上山は奈良時代に東大寺を造営した際に巨木を多く切り出した場所だったそうで、山肌に木がないのは当時から植林を怠ってきたのが理由だとされた。ちなみに瀬田川の右岸にある石山寺はその当時、木材切り出しの拠点だった。直径数メートルのヒノキは瀬田川から淀川を経由し、さらに木津川を遡って奈良にもたらされた。

 司馬遼太郎によると「日本人は植林を習慣としてきた世界でもまれな民族」ということだ。中国大陸を旅して気付くのは「山に緑がない」ことである。華北が乾燥地帯となったのは「漢の時代、製鉄のためマツを切りまくり、その後、植林を怠ったため」と『街道をゆく』に書いている。マツは火力が強いことから古代の製鉄に不可欠とされた。

 山陰地方の島根県に残る「たたら鉄」は豊富な森林資源が背景にあって初めて成り立ってきた。三つの山を順番に伐採しては植林するという歴史的営みの中で続いてきたともいえる。日本の山が緑を維持してきたのは、高温多湿という気候に恵まれているという要素もあったには違いないが、田上山の惨状をみてから、植林の重要さをあらためて認識させられた。

 その日本の森林の危機がさけばれて久しい。田上山のことを思い出したのは、永井直樹さんから4月23日に下記のようなメールをもらったからだ。

 ●天皇、皇后両陛下を迎えた大分・平成森林公園での植樹祭

 第51回全国植樹祭が4月23日、天皇、皇后両陛下を迎え、大分県の県民の森・平成森林公園で行われた。陛下は式典で森林の今後の大きな課題について「山村地域の過疎化や林業に携わる人々の高齢化が進む中で、いかにして豊かで手入れの行き届いた活力のある森林を維持していくかであることを強く感じています」と述べた。
 郷里九州熊本に近い大分県で、全国植樹祭が開催された上記の記事を読み、疑問を感じ、その疑問を誰に問い掛けたら良いのかで、「萬晩報」へのメールを思い立った次第です。

 私が疑問を感じたのは、上記記事の天皇陛下のお言葉の抜粋です。恐らく陛下の読まれた原稿は、農林水産省から宮内庁までの関係省庁があらかじめすり合わせをし、主旨の方向を決められたものでしょうが、高齢化の進む林業従事者や人工林への補助/助成への国民の支持/肯定を促すような指針のもの、と私には受け取れてしまいます。

 数年前に私が帰省した際に、九州/阿蘇の山々で見たものは、それ以前の大型台風での倒木が放置された無残な姿でした。そのほとんどが、無理と思える急勾配に植林された杉でした。所々では、復旧の手が入っていましたが、その復旧も倒木を片付けた後に、同じ杉の苗木を植えるというもののようにしか見えませんでした。

 高齢化に伴う、林業従事労働力の不足などが叫ばれ、大形機械の導入や輸送効率の改善などがお題目で、林道の舗装化が進んでいるようですが、道路拡張のために削られた山腹では、伏流水脈の破壊/表土の流出/樹下植生の変化や自然動物の生存必要面積の分断など、さまざまな問題が起こってます。

 何れもが、自然林を切り開き人工的に植林された続けた人工林が、現代になって維持できない問題への悪循環でしかないと感じます。問題の解消への視点を根本的に切り換える必要があると感じます。

 森林資源といいますが、今後の少子化の進む日本で戦後から高度成長期の時代のような、建築木材の需要が見込めるのでしょうか?。長期的な木材需要の予測はされているのでしょうか?。少なくとも無理な植林で自然災害に被災した森林の復旧策としては、自然災害に強い本来の気候風土に適合した樹木の繁殖の推進/研究が必要ではないでしょうか?(落葉広葉樹や照葉樹)「森林資源」の考え方として、保水や大気浄化としての価値に重きを置くべきで、木材資源第一主義的な林野事業には見なおしが必要だと思います。

 「手入れの行き届いた活力のある(人工)森林を維持」ではなく、「適切な森林資源の活用と、自然摂理に合った植生への回帰」が必要だと考えます。出来れば、「萬晩報」に集う識者の方々に議論/討論していただければと存じます。


京都大学森林生態学研究室ホームページ 森林生態学研究室田上山

日本林業技術協会編『森と木の質問箱』 土地の荒廃はどこでもおきる

森の贈り物 http://www.wnn.or.jp/wnn-f/keep/ke1/ke1003_l.html#topic9

滋賀大学 近江ゆかりの近代化遺産 大津市上田上桐生町の「オランダ堰堤(えんてい)」


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