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世にも奇怪な森内閣誕生のプロセス

2000年04月10日(月)
萬晩報主宰 伴 武澄



 4月8日の朝日新聞の天声人語に「小渕前首相幽閉説」が載っていたから、読んだ読者も多いと思う。筆者が電車の中で思いついたのはこんな風景だ。

 小渕さんの病状が好転してある日、退院して、世の中の変わり様に驚嘆し、「俺は青木さんを首相臨時代理に指名した覚えはない。森内閣は法的正当性を欠く」と官邸の明け渡しを求めた。電撃的な首相交代劇は巧妙に仕組まれたクーデターだったのである。

 一方の森さんは「私は国会の正式な手続きを経て首相に指名された。手続きに瑕疵はない」と発表して、居直った。首相臨時代理の青木さんが国会に首班指名を求めたのだから当然だが、当然ながら世の中は騒然となった。

 ●語り部は青木官房長官たった一人

 多くのマスコミ情報を総合すると小渕さんの病状はかなり深刻だということであるから、実際はありえない空想である。だが、そうだからといって密室の中で起きた「首相臨時代理の指定」への疑いが晴れたわけでなない。

 青木官房長官は3日午前11時の会見で「2日午後7時に小渕首相を見舞ったとき、首相から『有珠山対策など一刻もゆるがせにできないので、検査の結果によっては青木官房長官が臨時代理の任に当たるように』指示を受けた」と発言した。

 語り部が青木官房長官だけというのも不思議な話である。小渕さんが倒れてからだれも病院に見舞いに行っていないのである。しかも女房役の青木官房長官が見舞ったのは入院を知ってから10時間以上も経っている。不思議なことばかりである。刑法だったら、裁判所がこんな「やりとり」を証拠として採用するはずもない。

 森新内閣は、小渕さんが入院してからたった3日で誕生した。手回しのいいことにその2日後には所信表明演説まで終えた。ものすごいすごいスピードである。正確にいえば、青木、野中、森、村上、亀井という自民党の5人の幹部によって入院の24時間後には森さんを後継首相にすることまで決まっていたのだから驚く。

 この1週間多くの疑問が頭をよぎった。まず考えたのはこの決め方のスピードが異常だったことである。

 首相臨時代理を置くことはなにも特異なものではない。首相の外遊の際には必ず、臨時代理が置かれるのである。たとえ小渕さんが病床で青木さんに「検査の結果によっては青木官房長官に臨時代理の任に当たってくれ」という指示があったとしても、臨時代理指定がただちに首相交代にはつながるわけではないはずだ。

 一部の報道で「小渕脳死説」が出たとき、青木官房長官は「心外だ」と激高したのである。その舌の根も乾かないうちに森内閣が成立するのだからやはりどこかおかしい。しかも永田町のだれもが「政治の空白」を錦の御旗に沈黙してしまった。これも分からない。

 青木官房長官が臨時代理として首相の任に当たれば「空白」などは生まれないし、逆説的にいえば日本という国家は首相が1カ月やそこら入院して国家機能がマヒするような権力構造にはなっていないことを誰でもが知っているはずだ。

 ●臨時代理指定への晴れない疑問

 不思議なことは、内閣法に首相が臨時代理を指定しないで「死亡」もしくは「意識不明」になった場合の規定がないことである。1980年に大平首相が在職中に倒れるという例があったにも関わらず、法整備を怠ってきたのは歴代内閣の過失である。

 森内閣では早期に臨時代理を指定しておくそうだが、ぜひとも法改正が必要である。

 だがその前に、明確にしておかなければならないのは「臨時代理の指定」があったかどうかである。少なからぬ専門医たちは青木官房長官が病院を訪ねたとされる2日午後7時の時点で、小渕さんが意志を明確に表現できるような状態にあったはずはないと言っている。そもそも青木官房長官が小渕さんと面会できたかどうかさえ疑わしいというのである。

 内閣法9条には、あらかじめ首相臨時代理の指定がなかった場合のことは規定がないが、常識的に考えて、官房長官なりが閣議を開いて相談すべきものではないだろうか。実際に閣僚には首相に閣議を求める権限はあるが、召集する権限はない。だが、そもそも法律に規定がないことを行うのだから、たった5人による密室での謀議よりは格段に国民の理解を得られるというものだ。

 ●野党は主治医を国会に喚問すべきである

 万が一、青木官房長官が虚偽の会見をしていたのだとしたら、当然ながら森首班の正当性が問われることになる。いくら国会で首班指名を受けたとしても、その前提となる内閣総辞職が無効だから、法律的には小渕内閣が現在も生きていることになる。

 クーデターでもないかぎり、現実にそんなことが可能なのかどうか分からない。だがこの一週間に日本で起きた政変劇にはそんなことまで国民に心配させるような疑わしさがつきまとうのである。

 ではわれわれはもはやこうした疑念を晴らすチャンスには恵まれないのだろうか。いやそうではない。

 実はすべての真実を知っているはずの語り部がいる。小渕さんの主治医である。この主治医が真実を語ればすべては白日の下に晒される。本来、小渕さんの病状はこの主治医の口から語られるべきものである。昭和天皇が危篤になられてからだって担当医が記者会見して天皇の病状を逐一マスコミに公表したのである。主治医があくまで記者会見をしないというなら、野党はぜひこの主治医を国会で証人喚問すべきである。


■内閣法

第4条【閣議】
(1)内閣がその職権を行うのは、閣議によるものとする。
(2)閣議は内閣総理大臣がこれを主宰する。
(3)各大臣は、案件の如何を問わず、内閣総理大臣に提出して、閣議を求めることができる。

第9条【内閣総理大臣の臨時代理】
内閣総理大臣に事故があるとき、又は内閣総理大臣が欠けたときは、その予め指定する国務大臣が、臨時に内閣総理大臣の職務を行う。


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