2000年3月21日に大口電力の小売自由化が始まった。その直前である3月16日に日本電信電話(NTT)と東京ガス、大阪ガスの3社は共同で国内電力小売事業に参入することを正式に発表した。すでに丸紅=仏ビベンティ、三菱商事、米エンロン=オリックス、英蘭ロイヤル・ダッチ・シェル、米テキサコが参入を表明しているが、いよいよ本命が動き始めた。
●単なる序章
今回の『通信』と『ガス』の組み合わせ。そして世界的な再編が加速している自動車業界とエネルギー業界、そして電機業界。間もなくこの20世紀を代表する基幹産業による垣根を超えた本格的な再編成が始まることになろう。そのすべての視線の先には最後の切り札と呼ばれる燃料電池がある。
●燃料電池とは
燃料電池は1849年にイギリスのグローブ卿が考案した。水の電気分解反応の逆反応を用いる。水素と空気中の酸素を化学的に反応させ、水と同時に電気を発生させる。その特徴として主に次の4つにまとめることができる。
1 低温での理論発電効率が高い。
2 廃熱の利用が容易であり、総合エネルギー効率を高めることができる。
3 環境性が高く、低騒音・低公害発電システムである。
4 小形で高効率が実現できる。
燃料電池の種類には電解質に用いる材料の違いにより、リン酸型、溶融炭酸塩型、固体電解質型、アルカリ水溶液型、固体高分子型等がある。この中で今一番注目を集めているのが固体高分子型燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell=PEFC)である。固体高分子型燃料電池は電解質にイオン伝導性の高分子を使うことで、柔軟なセル設計が可能で常温でも高出力が得られる。初期のフッ素樹脂系イオン交換膜は米化学最大手デュポンにより開発され、アメリカ宇宙開発のジェミニ計画で採用された。その後米ダウ・ケミカルによってより高性能な交換膜が開発され、その技術はカナダのベンチャー企業、バラード社(Ballard Power Systems)に引き継がれる。
●ダイムラー・クライスラ−=バラード・グループの豪華な布陣
現在バラード社に対しダイムラー・クライスラ−は資本参加し2名の取締役を送り込んでいる。またフォードも1名の取締役を送り込んでおり自動車主導でその取締役会は構成されている。またバラード社を中心に燃料電池車を商業化するためにカリフォルニア州が進めている「California Fuel Cell Partnership」にはホンダと独フォルクスワーゲン社が新たに参加した。同パートナーシップは99年4月に結成された。当初の参加企業は,自動車メーカーがダイムラー・クライスラーとフォード,エネルギー関連企業が米ARCO 社,Shell社,Texaco社である。
また最近になって米アウトドア大手コールマンがポータブル燃料電池分野での提携を発表し近くプロトタイプの製造を行う。
荏原はバラード社と89年に日本国内での定置型発電システムにおける独占販売・サービス・製造を行うことに合意し荏原バラード株式会社を設立している。燃料電池の燃料開発及び燃料供給についてはダイムラー・クライスラーは99年10月、三菱自動車工業より一足先に日石三菱との提携で合意している。
●ダイムラー・クライスラ−=バラード・グループに対抗する強者連合
バラード社の燃料電池スタックのブラックボックス政策に対抗してGMとトヨタが中核となり強者による結集が始まっている。燃料電池の研究開発には1千億円を超える投資が必要となることから従来のGM=スズキ連合に富士重工が新たに参加しホンダも触手を伸ばしている。
この連合に国際石油資本トップのエクソンが参加する。98年10月に25年以上も協力関係を維持してきたトヨタとエクソンが長期的な次世代技術提携に合意した。
●リフォーマーが決め手に
燃料電池開発テーマは燃料電池スタックから水素を取り出す為のリフォーマー(改質器)へと移行しつつある。水素そのものを燃料として使用すると最も高効率だが、供給面で限界がある。水素吸蔵合金の可能性も検討されているが重量や同じく供給面で課題が山積みされている。従って現在化学反応により水素を取り出すことが主流となる。そのリフォーマーの開発に日米欧の電機メーカーと化学メーカーによる生き残りをかけた熾烈な競争が進行中だ。
その燃料については分子式に『H』が含まれていれば理論的には可能である。
現在候補にあがっているのはメタノール、天然ガス、LPG、ガソリン、軽油等である。中でもダイムラー・クライスラ−=バラード・グループは現時点で技術的に完成しつつあるメタノール改質で優位に立っている。しかしメタノール自体のインフラ構築に有効な戦略を打ち出せていない。また天然ガスからメタノールを精製できるとはいえ石油業界との利害をめぐる軋轢が生じている。
もともと石油と自動車は相互に協力し合いながら20世紀を主導してきた。現在もその図式は変わっておらず自動車メーカーの取締役会には必ずといっていいほど国際石油資本の役員が参加している。ダイムラー・クライスラ−も例外ではなくBPアモコのCEOであるジョン・P・ブラウン卿が取締役会に参加している。技術そのものより国際石油資本との合意をいかに引き出すかに注目が集まっていた。ガソリンからの水素を取り出すリフォーマーの開発が技術的に不可能と思われていたからだ。
●変わる勢力図
1998年頃からガソリンから水素を取り出すリフォーマーの開発に明るい兆しが見え始めた。まだその耐久性が解決されていないようだが、国際石油資本が一斉に動き始めた。現在リードするのはユナイテッド・テクノロジー=東芝連合である。合弁でインターナショナル・フュエル・セルズ社(IFC)を設立し燃料電池開発を総合的に開始した。
改質時の環境性を高める努力と耐久性の向上に期待が集まる。今後GE、デュポン、ダウ・ケミカル、旭化成等の動向も気になるところだ。ダイムラー・クライスラ−も方向修正が避けられないだろう。
●エジソンの夢
自動車メーカー主導で行われている燃料電池開発にもう一つの側面がある。自動車メーカーは自動車の為だけに研究開発投資を行っているわけではない。住宅用分散型発電への転用を常に視野に入れているのである。
かってエジソンはGEの前身にあたる会社を設立したときに安全性と送電ロスの問題から直流配電を強く主張した。最終的には当時変圧技術が存在しなかった為見送られた。燃料電池による住宅用分散型発電はエジソンの夢の実現に他ならない。
●NTTと燃料電池
NTTは早くから燃料電池に注目していた。NTT及びNTTファシリティーズは三洋電機と共同でりん酸形1kW可搬形燃料電池の開発・商品化を進め、この技術をベースに民生用固体高分子形燃料電池(1kW可搬形電源)を98年10月から販売を開始している。またバラード社と提携している荏原とも燃料電池ユニットを用いたコジェネレーションシステムのフィールドテストを東京ガスの技術的サポート体制のもと実施する。
NTTグループは将来的には2大都市ガス企業の一般家庭への天然ガス供給網に燃料電池を組み入れ自家発電による電力供給を行う計画かと思われる。ガソリン改質と比較し天然ガス改質による水素発生はすでに技術的には完成目前となっているからだ。
共同開発先である三洋電機では99年12月に都市ガスを燃料とする家庭用燃料電池コジェネレーションシステムの開発を発表した。システム容量は1KWで従来型と比較しCO濃度低減にも成功している。
NTTグループが開発にかける理由として通信機器は直流機器が多く、燃料電池を用いる事でインバーターが不要になる。将来的には自社交換機電源のすべてを燃料電池にしていきたい意向を打ち出しており電力供給事業に加えて自社製品の特性上のメリットが高いためだ。そしてもうひとつの重大な狙いが隠されている。
●マイクロに拡大する燃料電池
今年1月19日携帯電話メーカー世界第2位のモトローラは、ロスアラモス国立研究所と共同でメタノールを使用した現在の充電式電池より10倍も長持ちするマイクロ型燃料電池を開発したと発表した。この燃料電池を利用すれば携帯電話は1ヵ月以上、ラップトップは20時間以上もつという。現在の電池の全てを置き換えてしまう可能性があるこの燃料電池の製品化は2003年頃を予定している。
日本での電力自由化は3年後の2003年をめどに一般家庭向けへの拡大が検討されることになっている。
住宅用とIT、通信関連のDC機器用の燃料電池はあと3年もすれば世界同時に登場することになる。コスト低減の為にはある程度の量産化が避けられないからだ。その絶対的数値背景から自動車分野との連動に期待が集まるが移動型での技術確立はいかに自動車メーカーといえどもたやすい事ではない。従って燃料電池自動車は2010年以降の発売となりそうだ。
●変わる電力コスト背景
こうした中朗報が届けられる。2000年3月3日に政府は、原子力発電所の使用済み核燃料を再処理する際に出る高レベル放射性廃棄物の処分を進めるため、必要な費用の負担を電力会社に義務づける「高レベル放射性廃棄物処分法案」を今国会に提出した。2015年までの推計で保管容器4万本分の廃棄物発生が予想され、電力各社は地下深くに埋めるため必要な資金3兆円程度の積み立てが必要になる。通産省はこの負担を電気料金に上乗せすることを容認する方針としている。
ただし今なお高レベル放射性廃棄物の処分方法は確立されておらず、不透明なまま新たな公的資金につながりかねない状況はしっかり監視する必要がある。
NTTに対抗すべく関西電力が通信事業拡大を発表した。しかし放射性廃棄物という大きなお荷物をかかえたまま何ができるか楽しみである。
結果として劇的な変化が待っている。これまでのAC社会からDC社会への移行は電気製品そのものを変える要素があるからだ。
欧米の政治レベルでの支援体制はすでに固まりつつある。さて日本はどうだろう。
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